7 月 24

わたしとあなたをめぐって

暑さが最高潮に達していて、なんともうだつが上がらない(?)日々を送っています。

本を読もうと思っても、息を潜めてページをめくる作業をしていると、とたんに冷たいものが飲みたくなったり、頭がボーっとしてきたり、平静を保つのが難しい毎日です。読みたいものは次々出てくるのですが。

最近、特に僕が注目しているのは、海外の短編小説です。それも、南米のものとか、ロシアのもの。南米では、ボルヘスやガルシア=マルケスなど、すぐれた短編を多数残した作家がいます。ロシアでは、チェーホフ。人づてにチェーホフの良さをききました。暑いときこそ、短時間でさらっと読める、読後感もすっきりとした、短編小説がいいのではないでしょうか。

あいさつはさておき、今回の投稿のタイトルの「わたしとあなたをめぐって」。こんなタイトルを思いついて、ここに書き散らそうと思ったのは、『現代思想(青土社)』の特集、<ニューロエシックス>を目にしたからです。神経倫理=ニューロエシックスについては、ガザニガの「脳のなかの倫理―脳倫理学序説」や脳を活かす研究会をとおして、2年前くらいから耳にしていたのですが、脳神経科学がマスコミやゲーム業界から注目されるようになって、いよいよおもしろいことになってきそうな雰囲気を見せています。

「生命の設計図」であるDNAを解読することによって、生命そのものを制御できるのではないかと、一部の人間が想像したのは、いまから10年くらい前のことだったと記憶しています。生命倫理=Bioethicsいう分野が出現しました。現在議論されている神経倫理=Neuroethicsでは、「思考を読む機械」である脳波計やfMRIやNIRSをつかうことで、人間の思考・行動が支配できるのではないか、という想像が根源にあります。ここ何年かの間で急速に進歩しているのが、BMI(Brain Machine Interface)やBCI(Brain Computer Interface)とよばれる技術です。人や動物の神経系から発せられる電気信号をコンピュータに取り込んで、ロボットを動かしたり、いわば考えるだけで、マウスのカーソルを移動させたり、クリックしたりすることが可能になりました。工学と医学の融合領域で、まさにSF並の、さまざまな実験・応用が試みられようとしています。

『現代思想』の特集では、脳神経科学が行き着く先は、フーコーが説いた「生政治=Biopolitics」(政府が全国民の生を管理する)につながるのではないか、という考えをもった人がけっこういて、僕もかなり近い考えをもっています。どこに出てきたかは覚えていないのですが、Noopolitics(精神あるいは魂の政治)という妙な言葉を持ち出している人もいたりして、ふーんと思いました。

『現代思想』の記事で、ほかの執筆者とは明らかに異質な記事を投稿していたのが、Production I.G.で「攻殻機動隊S.A.C.」などの脚本を書いている、櫻井圭記さんの「複合する私たち 四人称の未来へ」です。きっとこうなんじゃないか、という櫻井さんの直観が、散りばめられている文章ですが、僕は理論武装100%の文章よりも、こういう文章のほうが100倍面白いと感じました。冒頭で櫻井さんの生い立ちが語られ、ロンドンで体験した英語の人称変化の不思議や、ブーバーの「我と汝」、アイヌ語に四人称があること、などなどが述べられています。文体がとても滑らかで読みやすいです。櫻井圭記さんは、以前僕が所属していた立花隆ゼミの、2006年の五月祭企画「INNOCENCEに見る近未来科学」で作家の瀬名秀明さんとの対談があり(オリジナルとコピーのはざまで─ゴーストが宿る場所─)、僕はそれを聞きに行きました。

さて、こうして長々と人称代名詞にまつわる思い出バナシをしているのには理由がある。脳神経科学の領域で昨今話題になっているBMI技術が近い将来にもたらすかもしれない「脳‐ネットワーク社会」においては、僕たちの意識の有り様は変容し、「四人称」とでも称すべき新たな感覚が生じるのではないか、と個人的に妄想するからである。(「複合する私たち」、櫻井圭記、『現代思想』)

「四人称」という、新たな人称が出現するというのは、一見タダの夢想にしかみえません。しかしながら、日々インターネットに接していて、毎日欠かさず書き込みをして、「痕跡」を残している人間にとっては、実は感覚としてもう「当たり前」のことなのかもしれません。現実世界とは違う、仮想世界での「つながっている」感覚は、インターネットが出現した10年前くらい、というかむしろ、ドコモのi-modeが普及したあたりから日常的なものになっていた気がします。twitterなんかを熱心にやっていると、すごくよくわかると思います。

ところで、櫻井さんは、脚本を担当した『攻殻機動隊S.A.C. TRILOGY-BOX (Blu-ray) (初回限定生産)』のタイトルのネーミングについて、こんな風に書いています。

個にして全、全にして個、という関係がどこまでも階層化されたホロニックなネットワーク構造の中で、新たに現れてきている主体(らしきもの)に、僕たちは何とかして新しい名前をつけたがっているのである。ネットから切り離され、個体として自立する「スタンド・アローン」な各人の形成する複合体「コンプレックス」とは、まさしく、一人称でありながら、同時に三人称でもありうる、四人称的な世界観のことに他ならない。
(同上)

四人称というのはつまり、グノーシス主義の言い換えなのでしょう。僕も一時期、この考えにけっこう関心があったことがありました。要するに、「あなたはわたし。わたしはあなた。全ては今ここに存在し、全てはわたしのなかにある。」ということ。自己と他者の境界がなくなることは、自己が崩壊するリスクがかなり高いわけです。

いま、ほぼ同時に読んでいるのが、橋本治の「いま私たちが考えるべきこと」。いま私たちが考えるべきことは、じつは私たち自身のことだ、というのがこの本の主題なのですが、冒頭の「はじめに」で興味深いことが述べられいます。

自分の外にはすごく大きな「人の集団」があって、そこでは、「私たち」という一体感のある言葉が、あたりまえに使われています。
(中略)
何かは共有出来ているし、時々は深い意見の一致もあるけれど、「一人称複数の一体感」はあまりない―かえって逆に、その一体感をわたしは避けようとしています。それは、「一人称複数の一体感」がない方が、個人的で自由にしていられるような気がするからです。
(中略)
私一人と外側との関係は、「全体vs.個」で「全体vs.孤」ですが、たまさかに「ボクたち」だったり「オレたち」だったりする友人たちと、その外側との関係もまた、「全体vs.個=孤」です。
(「いま私たちが考えるべきこと」、橋本治)

非常に接点がある、クロスリンクしたこの二つ文章を読んで、ああ、僕の考えていたようなことはこんなことだったのかな、と思いました。たまたま図書館で借りた橋本治さんの本に、こんなことが書いてあるとは思いもよりませんでした。トピックは「私」と「私たち」から、「私」と「私たち」と「社会」に移ります。

「私」は「私たち」の一員ではあるけれど、しかし、その「私」の所属する「私たち」は、実のところ、一体感の持てない「彼ら」でしかない―こういう断絶があって、それが何度も繰り返されるのです。
「私」は「社会」の一員だが、しかし、その「私」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
「私たち」は「社会」の一員だが、しかし、その「私たち」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
(同上)

人間は社会性のある生物だと言われます。つまり、動物行動学的にみて、「群れをなす」動物だということができます。僕たちは日常的に、群れる=仲間と一緒にいることは自覚的にできます。いつも一緒にいる仲間というのは、たぶん、自分とどこか似ているところがあったり、気があったりして、共に行動することで気分が落ち着きます。でも、どこからどこまでが仲間なのか、ということを考え出すと、僕たちが所属している社会とはなんなのか、ということに考えが至ります。社会には、「僕」が知らない「仲間」がいるかもしれないし、これまでいたのだし、絶対いるはずです。それと同時に、「僕」とは相いれない「敵」や不和をもたらす人間がいることも間違いないわけです。つまり、社会というのは、潜在的な「仲間」が適度に配合された七味唐辛子が入った容器のようなもので、僕たちは、そのスパイスの粒を見分けて、どれが自分との相性がいいかを判断するのだと思います。

ポストモダンな現代思想の世界ではよく、「哲学の社会学化」が言われています。結局、哲学者=自分たちのように「哲学」をやる人が世の中にそんなにいないのではないか、という<不安>が、周りの人は何を考えているんだろう、という<疑問>に代わって、社会学っぽくなるんじゃないかと僕は思ったりしています。

そういうわけで、収拾がつかなくなってきたのでこの辺で筆を置くことにしますが、複数の人間から形成される、人間を超えた何かに思いを巡らすことは、すごく面白いですね!!それこそが「歴史」なのかもしれません。

7 月 22

TURN TO THE SUN

太陽の方角を、日のあたる方を向く花は多い。澁澤龍彦の「記憶の遠近法 新装新版 (河出文庫 し 1-22)」を少し読んでいて、ヘリオトロープという名前の宝石を知り、同じ名前の花があることを知った。物知りな人の本を読んだり、話を聞いたりすることで、ときどき、いままで自分が知らずにきた、並々でない興味を引き出す物事を発見することがある。素晴らしき博物学。

7 月 06

WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS

今日は、蒸し暑い一日でした。ブログのほうは、The Beatles三部作という気分。

自分の気質、性格にあまりひどく自分を釘づけにしてはいけない。われわれの根本の能力は、さまざまな習慣にたいして自分を適応させることができるということだ。どうしようもなくあるひとつの生き方に執着し、束縛されているのは、存在しているだけで、生きていることではない。もっともりっぱな魂というのは、もっとも多様さと柔軟さに富む魂なのだ。
(モンテーニュ、『エセー』Ⅲ-3 三つの交際について)

俗語に「つぶしがきく」という言葉がある。こだわりが強すぎてはいけない。何にでも通用する<汎用性>が大事なんだってことだろう。

わたしの運命が、わたしを、若いときから、ただひとつしかない完全無欠な友情へむかってわたしを仕込み、その味を覚えさせてしまって、本当のところ、ほかの友情にたいして少しばかり嫌気を起こさせ、そして、昔の人の言ったように、「友情は番(つがい)でいる動物で、群れになる動物ではない」ということを、考えのなかにしっかり刻みこんでしまった。
(モンテーニュ、『エセー』Ⅲ-3 三つの交際について)

うんうん。僕自身もどちらかというと、複数人で「群れる」ことは昔から避けてきたなあ。

本当の友情の場合には、わたしはその熟練者なのだが、わたしは、友だちをわたしのほうへ引っ張ってくるよりは、わたしを友達のほうへ持っていく。わたしは、彼がわたしによくしてくれるよりも、わたしが彼によくすることのほうを好むだけでなく、彼がわたしによりは彼自身によくすることを好む。彼が彼自身によくするときが、彼がわたしにもっともよくしてくれるときなのだ。もし、彼がその場にいないことが彼にとって楽しく有用だというならば、それは、わたしにとって、彼がその場にいるのよりももっとずっと甘美なのだ。それに、もしおたがいに消息を知らせあう手段がある場合、それは、本当にそこにいないことではない。
(モンテーニュ、『エセー』Ⅲ-9 むなしさについて)

抽象的すぎてわかりにくいけれど、言いたいことは何となく理解できる気がする。

The Beatles - With A Little Help From My Friends


- Beatles Lyrics

6 月 27

Saying “YES” To This World

作家の保坂和志さんに対する興味がものすごく高まってきている。はじめて、保坂和志さんの文章を読んだのは、数か月前のことで、銀行の待合席の棚に置いてあった、「風の旅人 vol.28 (28)」という、写真がメインの雑誌に連載されていたコラムだった。その4ページほどの2段組みの文章を読んですぐに、「この人はタダ者ではない」と直感した。保坂和志さんは、1956年生まれの、山梨県生まれ、鎌倉育ちの作家。早稲田大学政経学部に6年間在学して卒業。1956年生まれというと、ちょうどの僕の親の世代に相当する。風貌は、眉毛が濃くて、朗らかな感じがする。大の愛猫家。1990年に『プレーンソング』でデビュー。デビュー前に働いていたのは、西武百貨店のコミュニティ・カレッジ。小説を書くための時間があるという理由で就職先を選んだ、とウィキペディアには書かれている。1995年、『この人の閾』で芥川賞受賞。ちょっと読んでみたが、公式ページでは、自分書いた小説を自分で評価している。どこかで読んだのだが、保坂さんは、小説を書くとき、すごく苦労して文章を頭からひねり出すタイプの「難産型」の作家みたいだ。以下のリンクは、松岡正剛氏による書評と、ほぼ日の経験論。

保坂和志さんは、小説に限らず、小説の書き方入門『書きあぐねている人のための小説入門』や、文学批評のようなものもやっている。小説外の活動として、最たるものは、『世界を肯定する哲学 (ちくま新書)』だろう。先日、三省堂書店で購入して、読み始めている。タイトルに<哲学>と書かれているが、保坂さんは、<哲学者>を名乗っているわけではない。しかし、コミュニティ・カレッジで働いていたときに、哲学・現代思想のワークショップを開催していたため、哲学への造詣は深い。『哲学や精神分析を専門とされている方には書けない大胆さと世界や人間を「肯定したい」という強い意志があって、私自身繰り返し読んでみても楽しいので、再読か三読に耐えるだけの魅力があると思います。』と書かれているように、「門外漢が哲学をやってみました」という雰囲気がしていて、とてもリラックスして読める。

本書を少し読んでみると、第1章は「そもそも人間は存在しなかったのではないか」ではじまる。宇宙論と実存哲学的な論考がなされている。

私たちは自分が生まれる前から世界がずっと存在していたことを知っているし、自分が死んだ後も世界が消滅せずに存在し続けることを知っている。しかし、「知っている」といってもそれは知的な解釈として知っているだけで、目撃することは絶対にできない。自分が存在しない世界は不可解で受け入れがたい。本心を言ってしまえば、そんなもの存在しないのと同じだ。
「世界を肯定する哲学 17頁」傍点を太字に変更

文体は、非常に理性的で客観的。しかし、それでいて、「自然科学礼賛」はしない。

科学のディスクールが明快なのは、科学そのものが明快な基盤にのってしゃべるように構成されている(と同時に限界づけられている)からであって、「自然科学とは我々が現時点でもっている分析的な言葉で記述可能なものだけを対象とする思考の領域である」という意味のことを、ホーキングもハイゼンベルクもはっきりと書いている。科学の明快さは答えにならない。
「世界を肯定する哲学 20頁」

分析哲学・科学哲学的な、メタな議論の部分を引用した。言語化された科学的知見は「明快」で、誰にも理解可能なように設計されている、ということには僕も同意する。全面的に。

それがこの宇宙という想像力で、
「そもそも人間はこの宇宙に存在しなかったのではないか」
と考えるとき、おかしな言い方だが、私は胸の中が宇宙空間になったような気がする。
―こんな比喩はどうでもいいけれど、宇宙というものが人間に存在することを根底から奪うという想像の稀有な源泉であり、そのときの、言葉も思考も遮断された状態こそが、自分自身の「存在」を実感する契機なのだと私は思う。
「世界を肯定する哲学 25頁」

僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。<死>については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年=60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。

All Kinds Of Time - Fountains Of Wayne

6 月 24

手元にある本たち

books

近頃、読む本の種類が以前に増して、多岐にわたっている気がする。全部読み切れるわけはない、と知りつつも、買ったり借りたりしてしまう。文京区立図書館を使うようになったということが大きな要因だ。試しに読んでみて、面白かったら全部読んでみる、という大胆な読み方ができるようになるからだ。でも、新しく出た本で、どうしても読んでおこうと思ったものは買っておくことにしている。このような乱読体質になってしまったのも、自分の中で、何かが外れたか、何かが嵌ったか、いずれかの現象が起きたからなのではないかと思う。

6 月 18

癌、このとらえがたきもの

cancer books & comics

最近、癌に対する興味が急速に高まってきた。

ひとつは、僕と親交のある、ジャーナリストの立花隆さんが、膀胱癌にかかって、今年のはじめに手術を受けて、癌との闘病歴を文藝春秋の「僕はがんを手術した」という連載で告白していること。2008年7月号では、最終回「がんという敵の正体」で、最新の科学的知見をたくさん用いて、がんとは何かを解説している。立花隆氏という人物のどこがすごいかというと、どんなことでも、自分の興味の対象にしてしまい、それをわかりやすく解説することで、氏の文章を読む人をも、それに興味をもつようにして、対象に引き込ませてしまうところ。これは、文章だけに限ったことではなく、お話をされるときも同様。「〇〇は××で、〇〇の△△というところが面白い」、というポイントを教えてくれるので、非常にわかりやすい。しかも、扱える分野が広大だ。哲学、宗教、自然科学(宇宙・地球・人間)、科学技術(電脳・サイボーグ)、政治・経済、文学、芸術・音楽、世界史・日本史…。このような人物は、後にも先にもいないのではないかと思う。稀有な人。

ひとつは、上の写真にあるとおり、平岩正樹という「スーパー外科医」の『がん難民にさせるものか 抗がん剤治療の最前線から』(実業之日本社)という本を図書館で借りて、読んだこと。読み終わって非常に感化されて、何かできないかと思い、とりあえず、ブックオフで『ブラックジャックによろしく』(モーニングKC)の【がん医療編①‐④】を購入した。そもそもなぜ、Dr.平岩のことを僕が知りえたかというと、Dr.平岩が『こうして私は53歳で、また東大生になった(海竜社)』という書物をだしたように、いま、東京大学の文科Ⅲ類にいて、3回目の東大生をやっているためだ。Dr.平岩が僕の所属するサークルの練習に顔を出すようになったということを、後輩をとおしてきき、本を読んでおこうと思ったのだった。

平岩正樹氏(公式サイト)は、静岡県の共立蒲原病院の外科部長だったとき、院内に「がんの相談室」を設置した(1995年)。さらに、2001年には、インターネットにも、「がんのWeb相談室」をつくった。当時は、医療機関においても、個人情報の開示の是非が議論され始めていた時期だ。そのころから、Dr.平岩は、癌の告知率100%を実現している。「手術が専門」と思われがちな外科医だが、Dr.平岩は、最新の情報を取り入れつつ、抗がん剤治療に積極的に力を入れている。本書を読むと、現在の日本の抗がん剤治療が、いかに不十分なものであるかが分かる。高齢化社会が到来し、医療費が財政を圧迫しつつある昨今、政府は医療費抑制のために、多くの対策を講じている。一方、なにかとマスコミが騒いでいるように、医療崩壊は確実に進行している。病院経営の観点から、赤字になっている事業=診療科を削る方針がとられている。小児科がその矛先にあるのはよく言われているが、抗がん剤治療も同様である。抗がん剤治療といっても、治療費自体はタダに等しく、支払われるお金の大部分は、製薬会社に対する薬代である。このため、抗がん剤治療を積極的に行おうとする病院は少なく、十分な抗がん剤を備えている病院は少ない。抗がん剤治療を専門とする医師の数も少ない。こうして、十分な抗がん剤治療を受けられないがん患者=がん難民が大量に発生する、と平岩氏は語る。このままでよいのか。そんなはずはない。Dr.平岩は、現行の体制に対して、(あたたかな)皮肉をこめて、痛烈に批判している。

【がん難民にならない方法】
がん難民にならない方法は、二つある。確実な方法は、進行したがんや再発がんの治療にも力を入れている病院で、最初から治療を受け始めることだ。採算を度外視して患者の治療に全力を注いでいる病院・外科医は、全国に少なくない。問題は、がんになったばかりの患者にとって、最初は医療の格差まで考える余裕がないことだ。

一度手術を受けた患者は、他の病院への転院が極端に難しくなる。その後の抗がん剤治療は無料と国が決めているからだ。それでも、途中から転院してきた患者にも質の高い抗がん剤治療を提供する病院がある。多くはない。
①パトロンがいること。
②優秀な医者がいること。
③患者に知られていないこと。
の三つの条件が必要だ。
(以上、『がん難民にさせるものか』「あとがき」より)

それにしても、がんとは一体何なのだろうか。アメリカ癌学会(ACS)の解説を多少長めに引用したい。

What Is Cancer?

Cancer occurs when cells in a part of the body begin to grow out of control. Normal cells divide and grow in an orderly fashion, but cancer cells do not. They continue to grow and crowd out normal cells. Although there are many kinds of cancer, they all have in common this out-of-control growth of cells.

Different kinds of cancer can behave very differently. For example, lung cancer and breast cancer are very different diseases. They grow at different rates and respond to different treatments. That’s why people with cancer need treatment that is aimed at their kind of cancer.

Sometimes cancer cells break away from a tumor and spread to other parts of the body through the blood or lymph system. They can settle in new places and form new tumors. When this happens, it is called metastasis (meh-tas-tuh-sis). Cancer that has spread in this way is called metastatic cancer.

Even when cancer has spread to a new place in the body, it is still named after the part of the body where it started. For example, if prostate cancer spreads to the bones, it is still called prostate cancer. If breast cancer spreads to the lungs, it is still breast cancer. When cancer comes back in a person who appeared to be free of the disease after treatment, it is called a recurrence.

(from American Cancer Society’s website)

医者の世界では当たり前というが、「癌」という名前の病気は無い。存在するのは、200種類もの「〇〇がん」で、性質や治療法がまったく異なる。これらをまとめて、癌(cancer)あるいは悪性腫瘍(malignant neoplasm)とよんでいるのである。

がんという問題は、その発症要因にしても、治療法にしても、いろいろな事象が絡み合って生じている、きわめて複雑な問題である。僕たちは、親戚の誰それががんになった、とか、有名人の某ががんと闘病している、とか、「がん」を個別の話題として、感傷的に語ることが多い。しかし、ヒトが長生きをするようになって、がんになるヒトが増えたという事実が示しているように、「がん」は、現代の僕たちの生活と、切っても切れない縁にあることは確実だ。もっと普遍的な事柄として、癌を観て、がん患者を診る/看ることが大事だと思う。それとともに、日本の医療体制がもっとフレキシブルになることを願う。

6 月 07

「ほぼ日」10周年

とうとう、10周年を迎えることができました。
1998年の6月6日から数えて、10年が経ったわけです。
いや、なにもしなくても10年は経ったのですけどね。

吉本隆明さんの
「どんなことでも、
 毎日10年やり続けられたら、
 一丁前になれる」
ということばを、いちばん信じていたのは、
ぼくたちだったのかもしれません。
『ほぼ日10周年を迎えてのごあいさつ』

「ほぼ日刊イトイ新聞」が2008年6月6日で十周年を迎えました。

Only is not lonly. +LOVE

すごいですね。

僕は、けっこう昔(といっても5-6年前)から
このサイトのことを知っていて、
月に2‐3回の頻度で見に来ていました。

「ほぼ日」を知らない人に「ほぼ日」を説明するならば、

「『ほぼ日』っていうのは、メディアミックスのはしりで、1,400,000 PV/Dayのモンスターサイトの一つだよ。」

と言えばいいでしょう。
実際、「ほぼ日」のサイトで公開された記事を元に、
「言いまつがい」「オトナ語の謎。」という書籍や
「ほぼ日手帳」が出版されていたり、
ロゴ入りTシャツがネットを通して販売されていたりします。
しかしながら、「ほぼ日」愛読者からは、

「いや、『ほぼ日』はそんなんじゃないよ。」

という声が聞こえてきそうです。
それでは、愛読者に親和性がある説明に言い換えるとしましょう。

「『ほぼ日』っていうのは、糸井重里=ダーリンの周りに集まってきた(ワタシを含めた)いろいろな人たちが、世の中にある、へんなことやおかしなことや不思議なことについて、何でもいいから語りあうための仮想的な共同体(国、都市、または家族)のことなんじゃないかな。」

これでどうでしょう?OKかな?

僕が好きな「ほぼ日」コンテンツは、
坊さん。57番札所24歳住職7転8起の日々。」です。

仏教の世界も、IT化とかいろいろ、大変みたいです。

それにしても、こんなサイトを作ってしまった、
糸井重里という人は、いったい何者なのでしょうね。

サイト運営に携わっている株式会社東京糸井重里事務所にしても
謎だらけな感じです。

糸井重里という人物についてわかっていることといえば、

・群馬県前橋市出身のコピーライターでタレント
・法政大学文学部に入学して、学生運動に参加して、一年半で退学した人
・1980年ころ、「ヘンタイよい子新聞」を制作した人
・西武百貨店のキャッチコピー「おいしい生活」(1983)を考えた人
・「MOTHER」というシリーズのゲームを制作した人
・日本モノポリー協会会長
・映画「となりのトトロ」(1988)の「このへんないきものは まだ日本にいるのです。たぶん。」というコピーを考えた人
・映画「魔女の宅急便」(1989)の「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」というコピーを考えた人
・吉本隆明氏やタモリやみうらじゅんとの親交が深い人

ということです。一言でまとめられません。
タレントとしての活動は、「文化・知識層」枠としての
「世界ふしぎ発見!」出演などが挙げられます。

糸井氏のキャッチコピー作りの才能には、
他に並ぶ者がいないのではないでしょうか。
そもそもの、コピーライターという職業は、
ほぼ、糸井重里さんのためにあると思います。

糸井重里についてもう少し語るならば、
父性=paternalism」がキーワードになってくると思います。

「今日のダーリン」という、毎日更新されるコラムのようなもので、
糸井重里さんは、日常のことをつれづれ綴っているわけですが、
いつも話題になるのは、
〇〇をやっているみたいだよ、とか、
〇〇というものが面白いよ、とか、
〇〇という人が〇〇ということを言っていたよ、とかで、
糸井さん本人が考えていたり、積極的に、
〇〇は△△でなければならない、
という主張が聞こえてくることがありません。

なんというか、糸井氏が学生時代にかかわった学生運動が
明にしても、暗にしても、影響しているのだろうと想像されるわけです。

要するに、「ほぼ日」という<場>をつくるだけつくって、
あとはやりたい人がやりたいように任せる、という糸井氏の姿勢に
止め処ない父性が感じられるわけです。

例えるならば、100人の人が同時に背中をもたれかからせても、
糸井氏はヘッチャラな感じで立っていることでしょう。

とにかく、ブレがない。
主張するところがみえにくいということもあるのでしょうが。

吉本隆明氏にもそういうところがありますね。
両者に共通しているのは、気取らない、「市井の賢人」という点でしょうか。

僕が「ほぼ日」を知ったのは、高校2年のころでした。

高校1年のとき、神経科学者=大脳生理学者の池谷裕二氏の
「記憶力を強くする」(講談社ブルーバックス)を読んで、
そのわかりやすい説明と、科学者としての理念に非常に感銘を受けて、
海馬。」を知り、それが「ほぼ日刊イトイ新聞」の
連載企画からスタートしたという経緯を知って、
「ほぼ日」にたどり着きます。

続編の「海馬。脳を困らせる旅に出る?」も、
知的にすごく面白いので読んでみてください。

僕が大学に入り、東大駒場の全学ゼミ、「立花ゼミ」に入ると、
予想外の事実を知ることになります。

それは、1次立花ゼミ(「二十歳のころ」を制作)に所属していた、
木村俊介という人物が糸井重里事務所で働いていて、
「ほぼ日」の「海馬。」を中心的に企画・運営していたということです。

なんていう偶然!
まさにセレンディピティなセレナーデ(?)

諺の「類は友を呼ぶ」ではありませんが、
「理解ある」人は「理解ある」人のもとへと
向かっていくのだなあと思いました。
 
※今回は、「ほぼ日」記法でお届けしました。

さてさて、このブログは、あと何年続くのかなあ?

5 月 28

悩むことの健全さ

姜尚中氏は、在日韓国・朝鮮人二世で、東京大学大学院情報学環教授の政治学者。東大教授の中でも、きわめて特異な立場にいる姜尚中氏が、集英社新書から「悩む力」という本を出した。氏にしては珍しい「生き方本」だ。ビジネス本のタイトルではやりの「コミュニケーション力」「段取り力」「問題解決能力」「地頭力」等々にあやかってのネーミングかと一目見て思うが、注意しなければならない。おそらくそれとは正反対の計らいと考えるべきだろう。「悩む力」は、「ナヤムリョク」と読ませるのではなく、何もひねらず「ナヤムチカラ」と読むことが期待されているのだろう。類書と似ているようで、まったく違う。機知に富んだ皮肉が漂う。

僕は、姜尚中氏の講義を実際に受けたことがあるし、テレビ番組で拝見したこともある。姜尚中氏を知っている者ならだれでも、知性あふれる外見のスマートさと、スタイルの良さと、服のセンスの良さには溜め息を漏らすものだ。しかし、僕が注目するのは、氏の「声」だ。すべてを引き受けた人間が発する「声」。その声はかぼそく、慎重であるようでいて、奥底にある決意を聴衆に感じさせる。ファンが増えるのも無理はない。情熱=passionと冷静=coolが互いを主張しあうことなく一人の人間の内に共存している。僕は、姜尚中氏の話を聞いて、デューラーの描いた絵の素晴らしさを知ったし、ハンナ・アーレントの「人間の条件」に興味をもったし、エドワード・サイードの生涯に惹かれたのだった。姜尚中氏は、サイードを語るとき、いつも、サイードと自分との位置関係を確認しているようだ。先人と自分との距離を確かめることで、今の自分の方向性を調整する。そんな姿勢が見受けられる。

――最近は悩むことそのものが格好悪いという空気があるような気がしますね。

 みなさん、悩むことを不幸の種と考えているようだけど、これは不健全なことです。インターネットを見ても、「なぜあの人がああで私がこうなのか」「悩みのない人はむかつく、許せない」など、そういう情念の海が広がっています。でもね、僕は不健全だと思う。

 実はね、悩むことも喜び。そのことに気づかないとね、ダメだと思うんですよ。やっぱり悩まないと、自分というものが分からないし、自分にとって大切なものも分からない。今のような悩むことを是としない風潮が、今の閉塞感を生み出しているんじゃないでしょうか。悩みをくぐり抜けないと、生きる力や思考力、創造的なアイデアは出てこない。それで、こういう本を書こうと思ったんですね。
(日経ビジネスオンラインの記事を引用)

「悩むことは、決してネガティブなことではない。」と姜尚中氏は語る。最近の風潮では何かと、下のようなフローが成り立ってしまっているようで厄介だ。

悩む ⇒ 凹む or 落ち込む ⇒ 引き籠る or 一人で塞ぎこむ ⇒ 絶望する ⇒ 再起不能に陥る

しかし、そんなことはない。たとえば、思春期の悩みがそうだ。男の子なら、声が低くなったり、親に反発したくなったりする。女の子なら、顔にニキビができてきたりして、悩む。でも、悩みを抱えながらもなんとかやっていけることに次第に気づく。

悩む

①いたみ苦しむ。病む。

②苦しむ。こまる。思いわずらう。

③とやかく非難する。

④(他の動詞の連用形について)…に難儀する。…しかねる。

(広辞苑第六版より)

そもそもの「悩む」の意味は、「苦しむ」に相当するということだ。それも、苦しみには「痛み」が伴う。

(姜) 悩み抜いて、突き抜けると、人間は必ず“横着”になれる。横着になった時、意外と死ぬなんてばからしい、もっとこんな生き方をしてみようか、という考え方になるんじゃないでしょうか。ここで言う横着とは、「悩み抜いて怖いものがなくなる」という状況と同じと考えてもらっても構いません。

(日経ビジネスオンラインの記事より)

必要なのは、悩み抜くこと。有益な情報をいくら提示されても、自分で答えを探すことができなければ仕方がない。つまり、「自分で答えを出す」その瞬間は、人を頼りにすることができない。悩み抜くことは、言い換えれば、孤独を偲ぶことと同じなのかもしれない。僕は、日経ビジネスオンラインの記事しか見ていないが、本書のほうも購入して読みたいと思う。

思い起こされるのは、有名なこのコトバ。

健全なる精神は健全なる身体に宿る

(mens sana in corpore sano)(ローマの詩人ユウェナリスの「風刺詩集」から)身体が強健であってこそ精神も健全である。(広辞苑第六版より)

もしくは、英語では下の表現。

A sound mind in a sound body.

 

5 月 19

『風の歌を聴け』『入門・哲学者シリーズ1 ニーチェ』

Books in front of the display

村上春樹の第一作『風の歌を聴け』(1979年発表、講談社文庫版)

写真は、今週末に読み終えた本です。この2冊は、一緒に読もうと思ったわけではなく、「いま読みたい」しかも「てごろな」本を選んでみたら、こうなったというわけです。<力への意志>(独語ではWille zur Macht)のあらわれを感じなくもないですが。そうそう、『風の歌を聴け』の一番最後に、ニーチェの引用があります。

彼の墓碑には遺言に従って、ニーチェの次のような言葉が引用されている。
「昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか。」
(『風の歌を聴け』、40章)
註:彼とは、デレク・ハートフィールドのこと。

ボクは、この小説を読む前に、『ノルウェイの森』を上下巻とおして読んでいます。また、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の冒頭が読みかけです。『ノルウェイの森』を読んだ感じが、本書を読んでいてものこっている感じがしました。同じ作家の作品を読むときには、読む順番がとても重要だと思います。

小説の書評となると、内容や、鍵となる表現を語らないわけにはいかなくなります。でも、ネタばれは極力避けたい。『風の歌を聴け』は、40の断章からなっていて、東京の大学3年生で、生物学を専攻している僕と、友人の鼠、ジェイズ・バーのバーテンのジェイ、左手の小指がない女の子が中心人物です。時代は、1970年の8月8日から、8月26日までの19日間。僕の故郷の海辺の町が舞台。村上春樹の小説らしく、文学とジャズ・ミュージックとポップ・ミュージックと映画のネタが随所にちりばめられています。Beach BoysのCalifornia Girlsは、そのなかのひとつ。

僕と会話をする鼠は、最重要人物。僕は鼠と大学で知り合いになった。金持ちの家に育てられ、自分が金持ちであることを忌み、金持ちを嫌う。小説を読まない割には、小説を自分で書くことに、どういうわけか強い関心を持っている。鼠、鼠と書かれると、鼠の頭部をもった男のようにしか想像できなくなるのが不思議です。

ボクが好きな箇所は、30章の冒頭部。

かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。
高校の終り頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分の思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。
(『風の歌を聴け』、30章)

最初は、「ふ~ん」という感じで読み進めていましたが、28章を過ぎたあたりで、物語世界が突如として開けてきて、どんどんのめりこんでいきました。村上春樹はすごい。

『入門・哲学者シリーズ1 ニーチェ ―すべてを思い切るために:力への意志』貫 成人=著(2007年、青灯社)

青灯社という聞きなれない出版社が出した、入門・哲学者シリーズ。この本を選んだ理由は、まず、ニーチェの解説書をよんでみたかったから。次に、写真を見ていただければわかるとおり、装丁がカッコよかったから。そして、シリーズの1番目で、とっかかりがよかったから。青灯社というのは、宮沢賢治の『春と修羅』の序にでてくる、<青い照明>を意識しているのでしょう。

このシリーズは、全19冊で、そのすべてを専修大学文学部教授の貫成人さんが執筆する予定になっています。貫成人さんの著作には、わかりやすくて定評がある、『図解雑学 哲学』(ナツメ社)があります。すでに、「ニーチェ」、「フーコー」、「カント」、「ハイデガー」が発売されていて、それぞれ定価1000円で購入できます。そのほかの15人の哲学者は順に、デカルト、ホッブズ、スピノザ、ヘーゲル、マルクス、フッサール、ウィトゲンシュタイン、サルトル、メルロ=ポンティ、レヴィナス、ラカン、デリダ、ドゥルーズ、ボードリヤール、ネグリ&ハートとなっています。Excellent!やや、フランス・現代思想への傾倒が見受けられますが、よいでしょう。ラカンが入っているのが何よりです。これを一人で全部書き上げるなんて、常人のなせる技でなありませんね。もう、全部読んでしまいたい。

哲学者たちはなにを、どう、どうして考えていたのだろう。現在を理解するためにそれはどう役立つのだろうか。「入門・哲学者シリーズ」は、ひとりひとりの哲学者の全体像を、レベルを落とすことはないように、しかし、哲学の予備知識をもっていない読者にも理解していただけるよう、思いきり噛み砕いて述べたものである。
(「入門・哲学者シリーズ」著者のことば)

「中学生にも分かる、はじめての哲学者全体像」という文字が見えるとおり、はじめからおわりまで平易な文体で書かれています。簡単な例え話から、政治や世界情勢の例や、シロアリの巣、ラーメン屋まで、説明がものすごくわかりやすい。それでいて、ニーチェの思想の根幹である、「自己は自我に優先する」、「ルサンチマン=Ressentiment」、「神は死んだ」、「永遠回帰」、「大いなる正午」、「超人=superman」、「力への意志」、「パースぺクティヴィズム=Perspektivismus」が、軽やかに、まるで円環をなすかのように語られています。「わかりやすい哲学」を目指す著者の意気込みが、読んでいてじわじわと伝わってきます。

著者独自の論点がもっとも出てくるのは、<力への意志>の<複雑系=Complex Systems>への読み換えです。著者は、自然科学のこともよく知っているらしく、いまの<複雑系>のもととなった散逸構造論の創始者、プリゴジンに言及してます。しかし、著者がつかっている<複雑系>という用語が少し微妙で、<動的平衡=Dynamic Equilibrium>や<自己組織化=Self-Organization>と解釈したほうがいいんじゃないかと思ったりしました。このあたりのシステム論は、ボクが大学2年の後半のときにかなりはまっていた理論です。機会があったら、詳しく書きたいです。

これが生きるということであったのか。わかった、よしもう一度(『ツァラトゥストラ』)

「ニーチェを知りたい!」という人は絶対に読むべきです。また、松岡正剛氏の千夜千冊の第千二十三夜『ツァラトゥストラかく語りき』も読んでみてください。

4 月 29

千代田区立図書館がすごい

先週の土曜、ふと思い立って、千代田区立図書館に行ってみた。場所は、皇居のお堀の目の前の、千代田区役所の9-10階。エントランスには、大きなモニターがあった。エレベーターで9階まで上る。

あなたのセカンドオフィスに。もうひとつの書斎に。平日夜10時までご利用いただける、いままでにない”図書館”です。

というのが、千代田区立図書館の理念。セカンドオフィスという文句さながら、自習用机はもちろんのこと、調べことをする人のためのスペースもあった。PC持ち込みが自由で、無線LANが使える。9階フロア一面が図書館に割り当てられていて、端から端まで移動するのもなかなか大変なくらい。大手町・霞が関がすぐそばということもあり、区民のための施設とは思えないくらいに、ビジネス書の棚が充実していた。本の貸し出し冊数は異なるが、区民でなくても、利用可能で、貸出券をつくることができる。近くに寄った際には、ぜひ行ってみてくださいね!