Inside and Outside. Light and Shadow. Seen and Unseen. Fiction and Fantasy. You and I…
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  • いろいろまとめ

    Posted on 12月 4th, 2009 Yohei No comments

    自分の好奇心の行きつくトコロ、顔の前面に二つ平行に並んでいる眼球ではなくて、
    嗅覚や直観の赴くままに行動している今日この頃です。

    キーワードをまとめます。

    【アート】トロルとは何か。
    「アート・プロジェクトの設計」@文化・人間情報学特別講義Ⅱ(東大大学院学際情報学府、教育部合併授業)
    12月2日(水)「杖道とアート」togetterまとめ

    【メディカル】歯と骨。骨代謝。
    東京医科歯科大学グローバルCOEプログラム。デント・メドミクスのインテリジェンスハブ

    【サイエンス】カロリー制限と延命。AMPK。カロリスジャパン
    New York Timesの解説

    【映画】2012。説明はとくになし。まずは見て!Sonyやるなー。

    【本】シモーヌ・ヴェイユ‐重力と恩寵
    ジャック・アタリ‐21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
    日野原重明‐生きかた上手

    【聖書】研究中。

  • meaning of life

    Posted on 11月 21st, 2009 Yohei No comments

    support

    だれだって、意味について考える。
    とくに存在の意味について。
    でも考えていると、結局何だったのかよくわからなくなる。

    V.E.フランクルの本「それでも人生にイエスと言う」を読んでいてあることを知った。
    意味を超えた超意味があるということに。

  • 地頭は鍛えられるのか

    Posted on 11月 15th, 2009 Yohei No comments

    EXTRA PLANET BLOGでは、何度か地頭あるいは地頭力という言葉に
    言及してきました。

    たとえば、この記事なんかはそうです。

    きのう、読みかけたまま放置していた↓の本をやっと読み終わりました。

    地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

    とても面白かったです。
    地頭のいい人は、身の回りにあることをなんでも題材にして考えることができるので、
    いろんな問題に立ち向かうことができると書いてありました。
    シャーロック・ホームズの賢さについても述べられて、
    中学生の頃、シャーロキアン(Sharlockian)で、ホームズの
    頭脳明晰さに憧れていた僕としては、思うところが大きかったのでした。

    やはり、僕が「この人は地頭がいい」と思う人の特徴を挙げると、
    以下の三つが挙げられると思うんですね。

    1. なんとなくいつも楽しそう
    2. 知らないことに興味を持ってる
    3. 意外だけど筋が通ってることを言う

    いつも楽しそうなのは、いつもいろんなことを考えていられるからなんでしょう。
    自分で自分を楽しませることを知っている人はずっと幸せでいられるし、
    誰かを楽しませることもできるんです。
    わざわざテレビのお笑い番組なんて見なくてもね。

    それと好奇心の強さ。
    これは、オタク的とか博物学者的なものというよりは
    よりサイエンティフィックなものだとおもいます。

    そして、知的活動を通して収穫できたものの拡がりからくるウィット。
    飲み込みも早い。

    僕は↓の本も持っています(読みかけ)。

    A Whole New Mind: Why Right-Brainers Will Rule the Future

    本書の翻訳が↓です。

    ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

    これからの時代、必要とされている頭の使い方について、
    考えている人たちの意見はだいたい共通していて、
    いわゆる右脳思考、感性や直観を活かして創造性を発揮する思考が
    求められていると思います。

    考えることをやめてはいけませんね。

    Don’t stop thinking. Don’t give up asking yourself.

  • 雑食性について

    Posted on 11月 11th, 2009 Yohei No comments

    僕たちが食べているものの出自や構成や分量や熱量に、
    僕が関心を持つようになってからおよそ1ヶ月位経つ。

    そのあいだに起きた僕の身体の変化や考え方の変化は大きくて、
    体重でいうと6-7kgは減少した。
    肌のベタつきもほぼなくなった。

    そこで考えたことは、僕たちはもっと自分たちが食べているものに
    関心を持つべきだということ。

    The Omnivore’s Dilemma: A Natural History of Four Meals

    このような本があって、たまたま書店で和訳されたものを
    パラパラと読んでみたら、僕の問題意識と共有するところが大きかった。

    つまり、ヒトは雑食動物なのだけど、
    何を食べていいのか許されているわけだけど、
    もっと考えて食べる必要があるのではないかということだ。

  • 雑誌の休刊について

    Posted on 8月 3rd, 2009 Yohei No comments

    雑誌の休刊が加速しているようです。

    日本を代表するカルチャー雑誌『STUDIO VOICE』が8月発売号で休刊 – CINRA.NET

    メインストリームからサブカルから、アート、写真、音楽、映画などなど幅広い話題を提供してくれた『STUDIO VOICE』が休刊することが決定しました。学業や諸々の活動のあいまに、書店に立ち寄っては『STUDIO VOICE』をふくめ、アート、音楽系の雑誌を立ち読みしては、リラックスした至福のひとときを過ごした自分としては、非常にがっかりしました。

    『STUDIO VOICE』の秀でているところは、「日本の雑誌」とは思えないようなグラフィックの迫力。表紙&グラッフィックが目を惹く強度。写真関係の特集では、かなりコアで灰汁が強い写真家を紹介していて、「世界にはこんな写真家がいるのか」と思わせてくれたりしました。

    立ち読みすることはあっても、僕が実際手元に置くために購入したのは、2005年08月号‐アート界最後のカリスマ!? マシュー・バーニーの世界と2007年02月号‐リヴァイヴァル以降の「80年代カルチャー」総括!の2冊だけだったので、売り上げに貢献していたとは言い難いわけです。やっぱり、みんなが買わなくなれば消えて行ってしまうものなのでしょうか。考えてみれば、特集ごとにアート、音楽、写真集、本など、分野がごった返していたのもよくなかったのかもしれません。次の8月6日号は買ってみようと思います。

    雑誌の休刊が相次いでいますね。

    2009年休刊した雑誌の一覧

    「硬い」論壇調のところでは、「月刊現代」「論座」「諸君!」など。僕たちが「硬い」と思って敬遠していること自体売れない原因なのでしょうが。「論座」は割とロスジェネ論壇を扱っていて、興味で一冊購入してみたりしたのですがいまひとつだったようです。「広告批評」「ART iT」「InterCommunication」なども消えてしまいました。「月刊トライアスロン」も、「ここの店じゃ置いてないのか」と思ってさがしていましたが、半年くらい前に休刊したようです。

    雑誌と言うのは、あるジャンルに精通した人が、そのジャンルの水先案内人になって、わたしたち初心者を導いてくれるガイドであるとともに、多種多様な意見が飛び交う場でもあるわけで、そのようなサロン的な媒体=mediumが失われることは、”通な人”にとっても新米にとっても大きな打撃であるわけです。「SNSやmixiコミュニティでその役割が果たせるじゃないか」というと、ある面ではそうかもしれませんがそうでないかもしれない。「コラムニスト」とか「書評家」という人が食べていけなくなるので、雑誌編集者を含めての職業が成り立たなくなってしまうとすれば、一大事でしょう。

    書店に通うのがちょっぴりつまらなくなりますね。

    ちなみに、僕が書店に立ち寄るとぱらぱらと良く読む雑誌は、音楽だと、高校時代からはrockin’onやBUZZ、最近ではremixあたり。アートだと美術手帖。写真だとアサヒカメラPhat Photoなどデジタル中心。コンピュータだと週刊アスキー。アスキーは秋葉原で無料版を配っているのでよくもらいます。経済だと東洋経済と日経ビジネス。日経ビジネスオンラインは日経メディカルとともにメルマガ登録しています。

    海外でおすすめの雑誌(英語)は、WIREDDISCOVER。どちらも装丁・グラフィックデザインが優れていて、オンライン版にはない付加価値が十分にあります。

    科学メディアについては、衰退著しく、書きだすと長くなるので短めにしますが、雑誌休刊がいまのように激化する以前から言われていて、研究者の社会的責務としてのサイエンス・リテラシーの普及活動やサイエンス・コミュニケーションが数年前からプログラムとして方々ですすめられています。しかしながら、トップダウン式のやり方ではなかなかうまくいかないようで。面白いことは山ほどあるのに伝えるべき手段を使って伝えられないもどかしさ。そういうことをブログで書くしかないのです。