8 月 30

房総半島一周

8月20-22日に行った自転車旅行のレポートです。ロードバイク歴3年少しの僕と、ロードバイク歴半年の学部時代の友人O君の二人で行ってきました。二泊三日。O君とは前にも、紅葉を見に日光を走ったり(東武電車を利用)、四国を半周したり(飛行機を利用)してきました。どちらかといえば、僕は幹線道路の車道を35kmオーバーで走ったり、海岸線を海を見つつ走ったりするのが好きなタイプで、スピード重視です。一方のO君は、峠を越えたりヒルクライムレースに出たりなど、高低差のあるコースが好きなタイプのようで、スピードよりは、山を登り終えたときの達成感重視みたいです。でも、景色を見るのはあまり楽しくないと言っていました。育った環境の違い、でしょうか?以下は、学業優秀なO君が作成してくれたコース地図です。

地図のスタートボタンを押すと、道順にカーソルが進んでいくのが楽しいAPIです。Alpslabのrouteを利用しています。全走行距離は、450kmでした!

これは、洲崎灯台。灯台をLIGHTHOUSEと呼ぶということを初めて知りました。

LIGHTHOUSE

2日目(8月21日)の夕方、九十九里浜の北端付近を走っていたときのこと、急に雲行きがあやしくなり、黒い雲が立ち込めました。そして、激しい雨と雷がはじまりました。困ったので、道沿いのテニスコートの事務所みたいな建物の中で雨宿りしました。急に気温が低くなって、宿にたどり着くまで大変でした。

YouTubeにアップした下のビデオが、今回の旅行のハイライトといっても過言ではない、犬吠埼灯台。日本で二番目に古い灯台で、イギリス人が設計しました。日本の最東端で、「地球が丸く見える町」、銚子市にあります。前日天気が荒れたためもあって、空は曇っていましたが、水平線がはっきりと見えました。展望台へ上がる階段は、九十九里浜にちなんで99段ありました。

帰りは、利根川沿いに走って、成田空港付近を経由して、印旛沼を通り、内房線に沿ってニュータウンを拝見しつつ、帰ってきました。東京~千葉~京浜工業地帯を抜けるときは、車(とくに大型トラック)が多くて排気ガスがたいへんでしたが、それ以降の海岸線はとても走りやすかったです。1日目にマザー牧場を見に山を登ったくらいで、大変なアップダウンはとくにありませんでした。無事に房総半島一周できてよかったです。

8 月 09

ゲームセンター

最近のアーケードゲームは、本当に進化してますね。何年振りかに行ってみて、びっくりしました。とくに、格ゲー(格闘ゲーム)はすごい。僕は、コンボ重視の鉄拳よりも、コマンド重視のストリートファイターが好きで、スーパーファミコンのころから親しんできました。最新のストリートファイター4は、ストリートファイターzero3やストリートファイター3の時とは全く違っていて、キャラが3Dになっています。下のような感じ。

いまや、CPU対戦なんてのんきにやっていられません。全国のゲームセンター間の通信が当たり前になっていますから。毎年、「闘劇」という格闘ゲームトーナメントも開かれているようです。

7 月 22

Around My Town

七月の三連休は、用があって実家に帰っていました。19日の午後にフラッと自転車ででかけて、自転車に乗りながら撮ったビデオをYouTubeにアップロードしました。下は、家の周りの草花に近づいて、マクロ撮影した様子です。祖父が出てきます。

7 月 01

善光寺

6 月 24

YouTubeに動画を初投稿

生まれて初めて、YouTubeに動画を投稿しました。もっとも、僕が生まれるよりも前に、YouTubeは存在しませんでしたが。YouTubeは、動画投稿&共有サイトの先駆的存在で、2005年2月に誕生しました。まだ、3歳と4か月。「歴史」って、最近の事柄になると、「そうだったっけ。」と思うくらいに不思議。最近、北米では、huluという動画共有サービスが注目を浴びているとかいないとか。

投稿した動画は、新しく購入したデジタルビデオカメラで撮影した動画です。SDカードに記録するタイプの、exemodeというメーカーのDV580HDというモデルを選びました。SANYOのXactiシリーズを中古で買おうか迷っていましたが、こちらのほうが、画質が比較的良く、動画撮影の練習には向いているかな、と思い、購入しました。値段は、15980円。画素数は503万画素。

8-9万円する、SONYやcanonやPanasonicのビデオカメラと比較したら、やはり、性能に見劣りがありますが、数十分間の短い時間での撮影なら、十分使用に耐える商品です。手に持つと軽く、重量はわずか227g。静止画撮影も可能。動画は、.mov形式で記録されるので、Windowsムービーメーカーでそのまま編集できませんが、YouTubeにはそのまま投稿できます。Macなら、編集ソフトが付いているということです。フリーの動画編集ソフトとエンコーダは何がいいか、一度調べてみようと思います。

下の動画は、東京メトロ千代田線が代々木上原に到着する様子を撮影したもの。

自分で撮影したものを見て感じるのは、自分の目線と手の、位置関係と微妙な動き。定点撮影ではなく、撮影者自身が動かなければならないので、撮影者本人がもつ、独特の心理状態が反映されてくるように思います。僕は、これといって、電車マニアではありませんが、車窓の移り変わる景色は、見ていて本当に飽きません。

ビデオ撮影のテクニックを身につけたいです。

6 月 14

記念写真

new friends

最近、週一回のペースで、立教大学がある池袋に行くことになった。理由は、立教大学の社会人向け大学院で開かれている、「現代史の中の自分史」(セカンドステージ)を見に行くため。講義をするのは、ジャーナリストの立花隆さん。講義を受けるのは、第二の人生を歩みつつある人生の先輩である、シニア一歩手前の方々。みなさん、本当に生き生きしていらっしゃる。人生のひとときひとときを見つめなおし、見つめようとしている。人生経験が豊富な人は、語り書き連ねることが多い。自分はこれまで何をしてきたか。そして、いま、何をしているんだろう?WHO AM I?

立教大学は、街と大学が一体になっていて、雰囲気がすごくいい感じ。St. Paul’s Universityという英語の名のとおり、チャペルがあるミッションスクールだ。「自由の学府」を銘打っているとおり、のびのびしている。リベラルという言葉から連想される、新進的という感じはあまりしない。

立教大学の立花研究室に通うことになり、立教立花組子猫のメンバーの方々と知り合うようになった。写真は、6月5日の「現代史の中の自分史」の懇親会終了後に、受講生の方にとっていただいた写真。プリントされた写真なので、再度デジカメにとってアップロードする。ブレ具合がなんともいえなく、よろしい。左端が自分。

懇親会で、ある受講生の方に、こう言われた。

「今の自分については、語ることができない。今(=2008年)〇☐×△だった、ということは、少なくとも2-3年経ってからでないと振り返ることができない。」

自分よりも40年くらい前に生まれ、自分の3倍近く生きてきた方から発せられたこの言葉。真実なのだと思う。過去を顧みることばかりに固執するのは、よくないと思った。常に<いま>を追いかけたい。

6 月 07

「ほぼ日」10周年

とうとう、10周年を迎えることができました。
1998年の6月6日から数えて、10年が経ったわけです。
いや、なにもしなくても10年は経ったのですけどね。

吉本隆明さんの
「どんなことでも、
 毎日10年やり続けられたら、
 一丁前になれる」
ということばを、いちばん信じていたのは、
ぼくたちだったのかもしれません。
『ほぼ日10周年を迎えてのごあいさつ』

「ほぼ日刊イトイ新聞」が2008年6月6日で十周年を迎えました。

Only is not lonly. +LOVE

すごいですね。

僕は、けっこう昔(といっても5-6年前)から
このサイトのことを知っていて、
月に2‐3回の頻度で見に来ていました。

「ほぼ日」を知らない人に「ほぼ日」を説明するならば、

「『ほぼ日』っていうのは、メディアミックスのはしりで、1,400,000 PV/Dayのモンスターサイトの一つだよ。」

と言えばいいでしょう。
実際、「ほぼ日」のサイトで公開された記事を元に、
「言いまつがい」「オトナ語の謎。」という書籍や
「ほぼ日手帳」が出版されていたり、
ロゴ入りTシャツがネットを通して販売されていたりします。
しかしながら、「ほぼ日」愛読者からは、

「いや、『ほぼ日』はそんなんじゃないよ。」

という声が聞こえてきそうです。
それでは、愛読者に親和性がある説明に言い換えるとしましょう。

「『ほぼ日』っていうのは、糸井重里=ダーリンの周りに集まってきた(ワタシを含めた)いろいろな人たちが、世の中にある、へんなことやおかしなことや不思議なことについて、何でもいいから語りあうための仮想的な共同体(国、都市、または家族)のことなんじゃないかな。」

これでどうでしょう?OKかな?

僕が好きな「ほぼ日」コンテンツは、
坊さん。57番札所24歳住職7転8起の日々。」です。

仏教の世界も、IT化とかいろいろ、大変みたいです。

それにしても、こんなサイトを作ってしまった、
糸井重里という人は、いったい何者なのでしょうね。

サイト運営に携わっている株式会社東京糸井重里事務所にしても
謎だらけな感じです。

糸井重里という人物についてわかっていることといえば、

・群馬県前橋市出身のコピーライターでタレント
・法政大学文学部に入学して、学生運動に参加して、一年半で退学した人
・1980年ころ、「ヘンタイよい子新聞」を制作した人
・西武百貨店のキャッチコピー「おいしい生活」(1983)を考えた人
・「MOTHER」というシリーズのゲームを制作した人
・日本モノポリー協会会長
・映画「となりのトトロ」(1988)の「このへんないきものは まだ日本にいるのです。たぶん。」というコピーを考えた人
・映画「魔女の宅急便」(1989)の「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」というコピーを考えた人
・吉本隆明氏やタモリやみうらじゅんとの親交が深い人

ということです。一言でまとめられません。
タレントとしての活動は、「文化・知識層」枠としての
「世界ふしぎ発見!」出演などが挙げられます。

糸井氏のキャッチコピー作りの才能には、
他に並ぶ者がいないのではないでしょうか。
そもそもの、コピーライターという職業は、
ほぼ、糸井重里さんのためにあると思います。

糸井重里についてもう少し語るならば、
父性=paternalism」がキーワードになってくると思います。

「今日のダーリン」という、毎日更新されるコラムのようなもので、
糸井重里さんは、日常のことをつれづれ綴っているわけですが、
いつも話題になるのは、
〇〇をやっているみたいだよ、とか、
〇〇というものが面白いよ、とか、
〇〇という人が〇〇ということを言っていたよ、とかで、
糸井さん本人が考えていたり、積極的に、
〇〇は△△でなければならない、
という主張が聞こえてくることがありません。

なんというか、糸井氏が学生時代にかかわった学生運動が
明にしても、暗にしても、影響しているのだろうと想像されるわけです。

要するに、「ほぼ日」という<場>をつくるだけつくって、
あとはやりたい人がやりたいように任せる、という糸井氏の姿勢に
止め処ない父性が感じられるわけです。

例えるならば、100人の人が同時に背中をもたれかからせても、
糸井氏はヘッチャラな感じで立っていることでしょう。

とにかく、ブレがない。
主張するところがみえにくいということもあるのでしょうが。

吉本隆明氏にもそういうところがありますね。
両者に共通しているのは、気取らない、「市井の賢人」という点でしょうか。

僕が「ほぼ日」を知ったのは、高校2年のころでした。

高校1年のとき、神経科学者=大脳生理学者の池谷裕二氏の
「記憶力を強くする」(講談社ブルーバックス)を読んで、
そのわかりやすい説明と、科学者としての理念に非常に感銘を受けて、
海馬。」を知り、それが「ほぼ日刊イトイ新聞」の
連載企画からスタートしたという経緯を知って、
「ほぼ日」にたどり着きます。

続編の「海馬。脳を困らせる旅に出る?」も、
知的にすごく面白いので読んでみてください。

僕が大学に入り、東大駒場の全学ゼミ、「立花ゼミ」に入ると、
予想外の事実を知ることになります。

それは、1次立花ゼミ(「二十歳のころ」を制作)に所属していた、
木村俊介という人物が糸井重里事務所で働いていて、
「ほぼ日」の「海馬。」を中心的に企画・運営していたということです。

なんていう偶然!
まさにセレンディピティなセレナーデ(?)

諺の「類は友を呼ぶ」ではありませんが、
「理解ある」人は「理解ある」人のもとへと
向かっていくのだなあと思いました。
 
※今回は、「ほぼ日」記法でお届けしました。

さてさて、このブログは、あと何年続くのかなあ?

5 月 20

facebook

facebookの日本語版が公開されましたね。facebookは2004年2月に開設され、現在のアクティブユーザーが7000万人超という、世界第二位のSNSサービスです。世界第一位は音楽アーティスト情報が豊富なMyspace。僕は、どちらもユーザー登録していますが、facebookは登録したっきり利用していません。Myspaceに関しては、細々と利用しているという感じです。ちなみに、日本第一位のmixiにも登録していますが、こちらは友人やコミュニティの動向を知りたいときに覗きにいっています。なので、僕はSNSというよりは、WordPressやtwitter、flickr、youtubeのアクティブユーザーだと自負しています。

さて、facebookについて。facebookは、当初、大学生向けのSNSでスタートしました。それから、2006年9月に学生以外でも登録可能になりました。2007年5月には、外部の開発者向けにAPIを公開。そして、今回の日本語化。実名での登録が原則的なので、閉鎖社会の日本でどれだけ普及するか、というのは、文化人類学的(?)な視点からも面白いのではないでしょうか。

来日したfacebookのCEO、Mark Zuckerberg氏のコメント。

競合にない強みとしてザッカーバーグCEOは「リアルピープル・リアルコネクション」を挙げる。

 「Facebookは実名登録を推奨しており、実名で利用するのがユーザー間の常識になっている。実名なら友人を見付やすいし、信頼性のある情報を共有できる。米国では(実名登録を推奨していないオープン型の)MySpaceより急速に伸びており、世界でもユーザーが増えている。信頼できる相手と情報を共有したいという気持ちは世界共通のものだろう」

ということは、見ず知らずのオンライン仲間を殖やすことは、第一義的な目的としていないんでしょう。それよりもむしろ、リアル友達との関係維持を重視しているみたいですね。

5 月 18

INDIE ROCK

音楽生活が充実している。2008年の新人ロックバンドは、間違いなく豊作だ。2007年はそれほど印象に残っている出来事はなかったが、2006年には、衝撃的なArctic Monkeysのデビューがあった。それ以来、メジャーではない、Indie rockのバンドが、ものすごいスピードで人気になったり、YouTubeの動画再生回数が急速に上がったりしている。この現象はどうしてなのか?やはり、良い音楽を求めるリスナーが、YouTubeやMyspaceを情報源にして、日夜、新たな音源との出会いをしているからなのだろう。

ちなみに、Indie rockの”indie”とは何を意味するのか。英辞郎 ON THE WEBより。

indie
【名】
①インディー◆音楽、映画などの一つのジャンル。低予算で自主制作されたものや、マイナーなテーマを持つもの、ヒット志向でないものを指す。②独立プロダクション
【形】
自営の◆【語源】independent

つまり、「メジャーではない」という意味ではなく、むしろ「自分たちで独立している」ということ。日本の「ライトノベル」的な位置ということも言えなくはない。例をあげれば、Radioheadはメジャーだけれども、EMIとの契約が切れてからは、自分たちでw.a.s.t.e.というレーベルを設立して、音源の販売をしている。

Cajun Dance Party - Amylase
各誌での評判がいい。聴いてみると納得。イチオシ。


Lyrics | Amylase lyrics

The Last Shadow Puppets - The Age Of The Understatement
Arctic MonkeysのAlex Turnerの別プロジェクト。壮大な感じ。


Song lyrics | The Age Of The Understatement lyrics

Eskimo Disco - 7-11
Junior Seniorを髣髴させる。まあ、嫌いではないけれど。

Foals - Cassius
上ずった声で歌う。Modest Mouseが好きならいいのでは。

Clinic - If You Could Read Your Mind
前衛的な楽曲と映像。

Midnight Juggernauts - Road To Recovery
実は、こういうよくわからないものが一番気に入っていたり。

5 月 14

中国の大地震

Earthquake 5.12 China, originally uploaded by AsceticMonk.

2008年は、早くも大災害の年となる気配が見えてきました(予言ということではなく)。ミャンマーを襲ったサイクロンと、中国四川省の大地震。ミャンマーは軍事政権であるため、詳しい情報が伝わってきません。一方、中国は、四川省が内陸なのにもかかわらず、大量な情報が迅速に伝わってきます。新華社という中国国営のテレビ局が、異例の詳報を伝えていると日経新聞に書いてありました。テレビ局による報道に限らず、youtubeやtwitterやflickrを見てみると、「現実」がどのようなものかを知ることができます。日頃、デジカメやビデオカメラをどれだけ触っているかが、こういうときに反射としてあらわれてくるのでしょう。

知りすぎるは、恐ろしきかな。