交通標識って、ときとして、暗示的な効果というか、ふと目に入った時の印象が大きいことがありませんか。
キャリア・パスという言葉があるように、社会に出て、自分がどのようにして、ステップを踏んでいくかを語るときは、「道」のメタファーがよくつかわれます。
「道」があるといっても、実際歩いてみたり、乗り物に乗って移動してみないと、よくわからないもので、地図があっても、道順を理解することと、通りを歩いて目的地に行くということは、まったくの別物です。
「道」は、ひとつの決まり切ったものではなくて、舗装されていたり、未舗装だったり、石畳だったり、泥だったり、いくつかの道があって、それらをとりあえず通ってみて、そのあとでどれが良かったか考えてみることが必要だと思います。
信号もなく一方通行で、車線の幅も十分にある道を突っ走っていくケースもあると思いますが、普段歩きなれた道を、散歩するように、行ったり来たり、同じ道をぐるぐる回ったり、気の向くままに道を選んで歩くのもいいのではないでしょうか。
作家の保坂和志さんに対する興味がものすごく高まってきている。はじめて、保坂和志さんの文章を読んだのは、数か月前のことで、銀行の待合席の棚に置いてあった、「風の旅人 vol.28 (28)」という、写真がメインの雑誌に連載されていたコラムだった。その4ページほどの2段組みの文章を読んですぐに、「この人はタダ者ではない」と直感した。保坂和志さんは、1956年生まれの、山梨県生まれ、鎌倉育ちの作家。早稲田大学政経学部に6年間在学して卒業。1956年生まれというと、ちょうどの僕の親の世代に相当する。風貌は、眉毛が濃くて、朗らかな感じがする。大の愛猫家。1990年に『プレーンソング』でデビュー。デビュー前に働いていたのは、西武百貨店のコミュニティ・カレッジ。小説を書くための時間があるという理由で就職先を選んだ、とウィキペディアには書かれている。1995年、『この人の閾』で芥川賞受賞。ちょっと読んでみたが、公式ページでは、自分書いた小説を自分で評価している。どこかで読んだのだが、保坂さんは、小説を書くとき、すごく苦労して文章を頭からひねり出すタイプの「難産型」の作家みたいだ。以下のリンクは、松岡正剛氏による書評と、ほぼ日の経験論。
保坂和志さんは、小説に限らず、小説の書き方入門『書きあぐねている人のための小説入門』や、文学批評のようなものもやっている。小説外の活動として、最たるものは、『世界を肯定する哲学 (ちくま新書)
』だろう。先日、三省堂書店で購入して、読み始めている。タイトルに<哲学>と書かれているが、保坂さんは、<哲学者>を名乗っているわけではない。しかし、コミュニティ・カレッジで働いていたときに、哲学・現代思想のワークショップを開催していたため、哲学への造詣は深い。『哲学や精神分析を専門とされている方には書けない大胆さと世界や人間を「肯定したい」という強い意志があって、私自身繰り返し読んでみても楽しいので、再読か三読に耐えるだけの魅力があると思います。』と書かれているように、「門外漢が哲学をやってみました」という雰囲気がしていて、とてもリラックスして読める。
本書を少し読んでみると、第1章は「そもそも人間は存在しなかったのではないか」ではじまる。宇宙論と実存哲学的な論考がなされている。
私たちは自分が生まれる前から世界がずっと存在していたことを知っているし、自分が死んだ後も世界が消滅せずに存在し続けることを知っている。しかし、「知っている」といってもそれは知的な解釈として知っているだけで、目撃することは絶対にできない。自分が存在しない世界は不可解で受け入れがたい。本心を言ってしまえば、そんなもの存在しないのと同じだ。
「世界を肯定する哲学 17頁」傍点を太字に変更
文体は、非常に理性的で客観的。しかし、それでいて、「自然科学礼賛」はしない。
科学のディスクールが明快なのは、科学そのものが明快な基盤にのってしゃべるように構成されている(と同時に限界づけられている)からであって、「自然科学とは我々が現時点でもっている分析的な言葉で記述可能なものだけを対象とする思考の領域である」という意味のことを、ホーキングもハイゼンベルクもはっきりと書いている。科学の明快さは答えにならない。
「世界を肯定する哲学 20頁」
分析哲学・科学哲学的な、メタな議論の部分を引用した。言語化された科学的知見は「明快」で、誰にも理解可能なように設計されている、ということには僕も同意する。全面的に。
それがこの宇宙という想像力で、
「そもそも人間はこの宇宙に存在しなかったのではないか」
と考えるとき、おかしな言い方だが、私は胸の中が宇宙空間になったような気がする。
―こんな比喩はどうでもいいけれど、宇宙というものが人間に存在することを根底から奪うという想像の稀有な源泉であり、そのときの、言葉も思考も遮断された状態こそが、自分自身の「存在」を実感する契機なのだと私は思う。
「世界を肯定する哲学 25頁」
僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。<死>については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年=60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。
All Kinds Of Time - Fountains Of Wayne
California Gay Marriage: What It Means for You and Me Legally - gaywired.com
“As of 5:01 on Monday June 16, 2008 marriage will be available equally to all adult couples irrespective of sexual orientation,” says Pizer, who also advises policymakers in Sacramento and nationwide on laws to protect domestic partners and co-drafted AB 205, California’s comprehensive Domestic Partner Rights and Responsibilities Act of 2003.
“[Today] We will see the first marriages performed in California for gay and lesbian couples with the full backing and endorsement and official civil blessing of the state. Those marriages will be as legal and valid and important under California law as any other marriages and there’s no residency requirement,” Pizer says.
(from gaywired.com)
アメリカ合衆国カリフォルニア州で、同性結婚が合法化されました。合衆国各地から、同性愛カップルたちが、カリフォルニア州に、文字通り、駆け込んでいるそうです。ゲイは、いまや喫煙者よりも市民権を獲得したといっても過言ではないでしょう。社会的抑圧はまだまだ消えないでしょうが、彼ら彼女らは、どこか生き生きと見えます。
“Gay Genes” May Be Good for Women
ScienceNOWでは、ゲイ(男性の同性愛者)の遺伝子に関する研究が紹介されています。「ゲイは(部分的な)遺伝的素因である」ということが、20年近く前から言われているそうですが、いまだに、どの遺伝子が原因で、ゲイになるのか、ということはよくわかっていません。男性の同性愛者は、残す子孫の数が普通の男性(=ノンケ)よりも圧倒的に少なく、進化的にみて不利なはずなのに、どうして人口の中で一定の数を占めるているのでしょう。不思議ですね。この疑問(Gay Paradox)を解決する、あたらしい仮説が唱えられました。それは、「男性がゲイの遺伝子をもっていると、同性愛者になるように働く一方、女性が同じ遺伝子をもっていると、子孫をたくさん作りやすい」というものです。なるほど(!)という感じです。この研究を報告したのは、イタリアの遺伝学者。イタリア人は情熱的。イタリアはカトリックだから、同性愛は教義に背いていると考えている人が多いのでしょうか。とうてい、日本では、こういう研究をやってみようとは思いもしないでしょう。
論文は以下のリンクから見ることができます。
Sexually Antagonistic Selection in Human Male Homosexuality
宗教的社会的タブーには、かつての男色、同性愛、死、近親相姦、殺人、強姦など、肉体としての人に関する事項がたくさんあるように見えます。その一つに、人肉食=Cannibalismがあります。カニバリズムというと、まず思いつくのは、人食いハンニバルのハンニバル・レクター博士。トマス・ハリスが生み出したキャラクターです。それ以外にも、フィクションの題材として、カニバリズムがよくつかわれています。たとえば、舞城王太郎の『山ん中の獅見朋成雄』。読んだことはありませんが、大岡昇平の『野火』。江戸川乱歩の『闇に蠢く』。夢野久作の『人間腸詰』。ノンフィクションでは、辺見庸の『もの食う人びと ミンダナオ島の悲劇』。図書館で借りた『世界の名著 モンテーニュ』にも、「人食い人種について(エセー・第Ⅰ巻・第31章)」というタイトルの文章がありました。
実際に起きた事件では、1988年から1989年にかけて発生した、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。通称M事件。1985年生まれの僕自身が<幼児>のころに起きた事件なので、まったく記憶はありません。その事件の犯人であるMの死刑執行が、2008年6月17日に行われました。今回の死刑執行が、2008年6月8日の秋葉原無差別殺人事件のために早まったのではないか、という憶測があるようです。そうなのかもしれません。Mが小児愛者=pedophiliaだったのかどうかはよくわかりませんが、社会認識として「オタク犯罪者」だといわれているのは確かです。なんというか、「オタク⇔犯罪者の素質が十分にある」という観念が確立しきってしまったようです。現代日本において、オタク、アキバ、アニメ、美少女ゲー、エロゲーなどというフレーズは明らかにタブーになってしまっています。
オタクにとっては、本当、生きにくい時代です。
普通に日常生活を送っていて、旅をしたくて仕方がないときと、旅はしなくていいや、と思うときとがある。
今の僕は、どちらかというと、前者の心境に当たる。考えているコースとしては、いろいろある。近くでは、葛飾・柴又の下町めぐり。東京の郊外を見に行くツアー。房総半島をぐるり一周。熊野・那智の森に入っていろいろ思いを巡らせてみたい。金沢21世紀美術館をみたい。博多方面にはまだ行ったことがないし、北海道もいいなあ。海外もいいなあ。
人が旅をするのは到着するためでなく、旅行するためである。
byゲーテ
私は旅行に出る理由を訊ねる人があると、いつもこう答えるようにしている。「私は、自分が何を避けようとするのかはよくわかるのだが、何を求めているのかはよくわからない」と。
byモンテーニュ
旅行は人間を謙虚にします。世の中で人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかをつくづく悟らされるからです。
byフローベル
人は旅をして、ついに我が家へ戻る。人は生きて、ついには大地へ戻る。
byイギリスの諺
以上、世界傑作格言集より。
そういえば、「僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって~」で始まる歌があったなあ、と思い、しらべてみました。その曲は、くるりの”ハイウェイ”という曲でした。この歌にすごく似ている英語の歌があるのですが、思い出せなくてもどかしい。
旅立とうとしているあなたへ。
Bon Voyage!!
僕には、歳が一つ離れた妹と、四つ離れた弟がいる。生年月日で言うと、妹とは実質的に1年と7ヵ月、弟とは4年と3か月離れている。4年前から、僕は東京で生活している。3年前から、妹は甲府にいて、弟は今年東京(多摩川を越えたあたり)にでてきた。いちおう、みんな大学生。先週日曜、妹が用事で上野まで来たので、会って昼食を食べ、それから、弟も来て、アメ横で買い物などした。きょうだいがそろって会うのは、ことしの正月以来。でも、きょうだい三人で出かけたのは、いつ以来だろう?ひょっとしたら、これまで一度もなかったんじゃないかな。僕も妹も弟も、中学・高校と、運動部に入っていてそれなりに忙しかったし、受験勉強で自分の周囲に対して、何も気にかけることなく費やした期間もあった。一緒に生活していても、食事の時間帯や「おやすみ。」を言う時間にずれがあった。むかしは、ケンカや口喧嘩をよくしたけれど、それでも、きょうだいの仲はだいぶ良好。妹は姉か妹がほしかったというけれど、自分としては、兄か姉をほしいと感じたことはあまりない。末っ子の弟は、どうなんだろう。3年前の4月から今年の3月までの3年間、僕と妹は実家にいなかったわけで、高校生の弟は一人っ子同然できっと、何とかやっていたのだろう。東京に出てきたてのオシャレ好きの弟は、さっそく下北沢に繰り出して、気がついてみれば、都会の風格を漂わせる。甲府で教育学とくにスポーツ・体育を、まさに身をもって(!)勉強している人によく好かれる妹は、去年、インターンでオーストラリアに行ったと思ったら、今度は女子サッカー部の部長になった。来月には母校での教育実習が控えている。
ここで自分を振り返る。「これだ。」という物事にむかって、濃密に取り組んでも、それはごくわずかな時間で、つぎの瞬間には人が変わったように、惰性ですごしてしまう自分。人と話していて、言いたいことがあまり言いだせない・気の利いた言葉がかけられない・人を惹きつける表現がでてこない自分。これからは、自分のやりたいことばかりではなくて、相手が何をしたいのか、というのも含めて考えて、自分のやりたいことを追求したいと思う。
午前中曇っていた上野の空は、妹と再会する時間には晴れ、日差しは目を焦がすくらいに眩しかった。あたらしく建ったヨドバシカメラ上野店の8Fに設置されているガチャガチャをみんなでやったし、モスバーガーで身の回りのこととこれからのことを話しあった。午後7時の高速バスで妹が甲府に戻るため、上野から新宿まで移動した。新宿についたころには、日が沈んでいたけれど、気温は17℃で寒くはなかった。きょうだいそれぞれ全く違う方面にすすむことになりそうだ。僕たちが何歳になっても変わらずに、きょうだいでありたいと思った。
最近、ロードバイク(日本ではロードレーサーが一般的)あるいはクロスバイクに乗っている人が多くなってきましたね。多少大きな通りを歩いていると、10秒から20秒に1台くらいの割合で自転車が通り過ぎます。みんな速いですね。気温が高くなって、自転車で出かけやすくなったということもあると思いますが。自転車は、ヨーロッパが文化発信の中心的存在です。ロードレースでは、ツール・ド・フランスが有名です。「じてんしゃはエコなのりもの」というイメージもかなり定着してきて、自転車ブームを後押ししています。
かくいう私もロードバイク歴3年です。フレームはGHISALLOというメーカーです。ロングライドは去年以来やっていません。もっぱら通学・街乗り専用になってしまっています。タイヤフレームが曲がっているし、ギヤチェーンが錆びついているし、メンテナンスしなくてはといつも感じています。買ったときは14万円くらいでした。「新車ほしいなあ」と思ったりしますが、まだまだ乗れるので買いません。
ギヤチェーンを交換したら、休日あたりに遠出したいなあ。
DEENが聴きたくなったのはなぜか。
僕は普段、自主的に日本語の歌を聴くことは滅多にないのだが(ラジオは別として)、ふと衝動的にDEENやWANDSの歌が聴きたくなった。この気持ちは、いったい、ドコから込みあげてきたのだろう?
両バンドが最も華々しかった時期はちょうど僕が小学校高学年から中学校のはじめにかけての期間に相当する。アニメソングなどで、頻繁に耳にしていた両バンドの曲が聴きたいということはつまり、その曲を手がかりに当時の思い出を手繰りたいという心の奥底の願望があるからなのではないか。
曲をダウンロードした。
DEENが聴きたくなってしょうがなくなったので、某P2Pソフト(Win**ではない)を利用して、楽曲をダウンロードした。ダウンロードは順調に行き、何の困難もなく聴くことができた。久し振りに聴いても、やっぱり良い曲だ。
僕はDEENで検索してダウンロード登録したのだが、ダウンロードフォルダに”Rang Deeni”というファイルが入っているのを見つけた。おそらく間違えて登録したのだろう。せっかくなので削除する前に聞いてみようと思い、試しに聞いてみたら、タイトルからは想像がつかない、ノリの良いインド風の音楽が流れてきた。YouTubeで調べると、曲に合わせて踊るものだということを知った。どうしてこんなことを知ることになったのかと不思議に思った。
ここまできたら、もう、なんでもありだ。
ぼくたちの少年時代。
ところで、僕がDEEN、WANDS、それからZARDに対して、00年代になった今も惹かれ続けているのはどうしてなのだろうか。さきほども触れたが、これらのアーティストが、テレビアニメと”タイアップ”して曲を制作していた影響が大きい(”タイアップ”は死語だろうか)。その代表となるテレビアニメが「ドラゴンボール」と「スラムダンク」だと思う。
アニメのオープニングとエンディングで毎回、特定の曲を反復して聴いた記憶が直接、少年時代の記憶と結びついている。反復=強化学習がばっちり完成していて、すこし気味が悪いくらいだ。少年ジャンプがなかったら、ぼくたちの少年時代もなかったのかもしれない。
ということで、まとめは「夢であるように」。
僕の部屋にはテレビがない。
はじめは「テレビなんかなくても困らないし」と考えて、上京したときにテレビを買わなかったのだ。流行のドラマやCM、人気タレント・お笑い芸人に疎い自分を演出することで、自分と俗世間とを隔離したいという意図もあった。テレビをつけっぱなしで無為な時間を過ごすよりは、読書とか勉強とかして時間を有効に使いたかった。有効に時間を使えたか否かはともかく、僕はこうして、テレビを観ない生活を4年間くらい続けてきた。
テレビのない生活。
テレビを観ない生活をしていて、初めて気づいたこともあることはある。ひとつはラジオの良さ。ラジオというとノスタルジックな感じがしないでもないが、最近ラジオが活気づいている。CDラジカセでFMラジオ局にチューニングすると、いままでに聞いたこともないような音楽や情報がどんどん流れてきて、自分の知らない世界に触れることができる。ラジオ局はテレビ局よりもマイナーな存在だ。しかし、そのマイナーさを逆手にとり、インターネットを駆使することで、さらにインタラクティブなメディアへと成長しつつある。
テレビはオモシロイ。
テレビは見なくてもいい、という人たちが増えてきていることは確かだが、オモシロイ番組が充実してきたことも事実だ。オモシロイというのは、バラエティ番組というわけではない。実際、バラエティ番組でオモシロイものは少ないと思う。僕がオモシロイと思うのは、ある分野で卓越した人物を取材した、インタビュー形式の番組とか、ハイビジョン画像の美麗なドキュメンタリー番組とかである。画質がフルHDになり、大画面で迫力ある映像が見られるようになったわけだ。せっかくテレビには、良質なコンテンツがあるのに、それを観ないに越したことはないと思う。「テレビいらない」と意地を張る必要も感じなくなったので、テレビが欲しくなった。












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