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わたしとあなたをめぐって
Posted on 7月 24th, 2008 No comments暑さが最高潮に達していて、なんともうだつが上がらない(?)日々を送っています。
本を読もうと思っても、息を潜めてページをめくる作業をしていると、とたんに冷たいものが飲みたくなったり、頭がボーっとしてきたり、平静を保つのが難しい毎日です。読みたいものは次々出てくるのですが。
最近、特に僕が注目しているのは、海外の短編小説です。それも、南米のものとか、ロシアのもの。南米では、ボルヘスやガルシア=マルケスなど、すぐれた短編を多数残した作家がいます。ロシアでは、チェーホフ。人づてにチェーホフの良さをききました。暑いときこそ、短時間でさらっと読める、読後感もすっきりとした、短編小説がいいのではないでしょうか。
あいさつはさておき、今回の投稿のタイトルの「わたしとあなたをめぐって」。こんなタイトルを思いついて、ここに書き散らそうと思ったのは、『現代思想(青土社)』の特集、<ニューロエシックス>を目にしたからです。神経倫理=ニューロエシックスについては、ガザニガの「脳のなかの倫理―脳倫理学序説
」や脳を活かす研究会をとおして、2年前くらいから耳にしていたのですが、脳神経科学がマスコミやゲーム業界から注目されるようになって、いよいよおもしろいことになってきそうな雰囲気を見せています。
「生命の設計図」であるDNAを解読することによって、生命そのものを制御できるのではないかと、一部の人間が想像したのは、いまから10年くらい前のことだったと記憶しています。生命倫理=Bioethicsいう分野が出現しました。現在議論されている神経倫理=Neuroethicsでは、「思考を読む機械」である脳波計やfMRIやNIRSをつかうことで、人間の思考・行動が支配できるのではないか、という想像が根源にあります。ここ何年かの間で急速に進歩しているのが、BMI(Brain Machine Interface)やBCI(Brain Computer Interface)とよばれる技術です。人や動物の神経系から発せられる電気信号をコンピュータに取り込んで、ロボットを動かしたり、いわば考えるだけで、マウスのカーソルを移動させたり、クリックしたりすることが可能になりました。工学と医学の融合領域で、まさにSF並の、さまざまな実験・応用が試みられようとしています。
『現代思想』の特集では、脳神経科学が行き着く先は、フーコーが説いた「生政治=Biopolitics」(政府が全国民の生を管理する)につながるのではないか、という考えをもった人がけっこういて、僕もかなり近い考えをもっています。どこに出てきたかは覚えていないのですが、Noopolitics(精神あるいは魂の政治)という妙な言葉を持ち出している人もいたりして、ふーんと思いました。
『現代思想』の記事で、ほかの執筆者とは明らかに異質な記事を投稿していたのが、Production I.G.で「攻殻機動隊S.A.C.」などの脚本を書いている、櫻井圭記さんの「複合する私たち 四人称の未来へ」です。きっとこうなんじゃないか、という櫻井さんの直観が、散りばめられている文章ですが、僕は理論武装100%の文章よりも、こういう文章のほうが100倍面白いと感じました。冒頭で櫻井さんの生い立ちが語られ、ロンドンで体験した英語の人称変化の不思議や、ブーバーの「我と汝」、アイヌ語に四人称があること、などなどが述べられています。文体がとても滑らかで読みやすいです。櫻井圭記さんは、以前僕が所属していた立花隆ゼミの、2006年の五月祭企画「INNOCENCEに見る近未来科学」で作家の瀬名秀明さんとの対談があり(オリジナルとコピーのはざまで─ゴーストが宿る場所─)、僕はそれを聞きに行きました。
さて、こうして長々と人称代名詞にまつわる思い出バナシをしているのには理由がある。脳神経科学の領域で昨今話題になっているBMI技術が近い将来にもたらすかもしれない「脳‐ネットワーク社会」においては、僕たちの意識の有り様は変容し、「四人称」とでも称すべき新たな感覚が生じるのではないか、と個人的に妄想するからである。(「複合する私たち」、櫻井圭記、『現代思想』)
「四人称」という、新たな人称が出現するというのは、一見タダの夢想にしかみえません。しかしながら、日々インターネットに接していて、毎日欠かさず書き込みをして、「痕跡」を残している人間にとっては、実は感覚としてもう「当たり前」のことなのかもしれません。現実世界とは違う、仮想世界での「つながっている」感覚は、インターネットが出現した10年前くらい、というかむしろ、ドコモのi-modeが普及したあたりから日常的なものになっていた気がします。twitterなんかを熱心にやっていると、すごくよくわかると思います。
ところで、櫻井さんは、脚本を担当した『攻殻機動隊S.A.C. TRILOGY-BOX (Blu-ray) (初回限定生産)
』のタイトルのネーミングについて、こんな風に書いています。
個にして全、全にして個、という関係がどこまでも階層化されたホロニックなネットワーク構造の中で、新たに現れてきている主体(らしきもの)に、僕たちは何とかして新しい名前をつけたがっているのである。ネットから切り離され、個体として自立する「スタンド・アローン」な各人の形成する複合体「コンプレックス」とは、まさしく、一人称でありながら、同時に三人称でもありうる、四人称的な世界観のことに他ならない。
(同上)四人称というのはつまり、グノーシス主義の言い換えなのでしょう。僕も一時期、この考えにけっこう関心があったことがありました。要するに、「あなたはわたし。わたしはあなた。全ては今ここに存在し、全てはわたしのなかにある。」ということ。自己と他者の境界がなくなることは、自己が崩壊するリスクがかなり高いわけです。
いま、ほぼ同時に読んでいるのが、橋本治の「いま私たちが考えるべきこと
」。いま私たちが考えるべきことは、じつは私たち自身のことだ、というのがこの本の主題なのですが、冒頭の「はじめに」で興味深いことが述べられいます。
自分の外にはすごく大きな「人の集団」があって、そこでは、「私たち」という一体感のある言葉が、あたりまえに使われています。
(中略)
何かは共有出来ているし、時々は深い意見の一致もあるけれど、「一人称複数の一体感」はあまりない―かえって逆に、その一体感をわたしは避けようとしています。それは、「一人称複数の一体感」がない方が、個人的で自由にしていられるような気がするからです。
(中略)
私一人と外側との関係は、「全体vs.個」で「全体vs.孤」ですが、たまさかに「ボクたち」だったり「オレたち」だったりする友人たちと、その外側との関係もまた、「全体vs.個=孤」です。
(「いま私たちが考えるべきこと」、橋本治)非常に接点がある、クロスリンクしたこの二つ文章を読んで、ああ、僕の考えていたようなことはこんなことだったのかな、と思いました。たまたま図書館で借りた橋本治さんの本に、こんなことが書いてあるとは思いもよりませんでした。トピックは「私」と「私たち」から、「私」と「私たち」と「社会」に移ります。
「私」は「私たち」の一員ではあるけれど、しかし、その「私」の所属する「私たち」は、実のところ、一体感の持てない「彼ら」でしかない―こういう断絶があって、それが何度も繰り返されるのです。
「私」は「社会」の一員だが、しかし、その「私」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
「私たち」は「社会」の一員だが、しかし、その「私たち」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
(同上)人間は社会性のある生物だと言われます。つまり、動物行動学的にみて、「群れをなす」動物だということができます。僕たちは日常的に、群れる=仲間と一緒にいることは自覚的にできます。いつも一緒にいる仲間というのは、たぶん、自分とどこか似ているところがあったり、気があったりして、共に行動することで気分が落ち着きます。でも、どこからどこまでが仲間なのか、ということを考え出すと、僕たちが所属している社会とはなんなのか、ということに考えが至ります。社会には、「僕」が知らない「仲間」がいるかもしれないし、これまでいたのだし、絶対いるはずです。それと同時に、「僕」とは相いれない「敵」や不和をもたらす人間がいることも間違いないわけです。つまり、社会というのは、潜在的な「仲間」が適度に配合された七味唐辛子が入った容器のようなもので、僕たちは、そのスパイスの粒を見分けて、どれが自分との相性がいいかを判断するのだと思います。
ポストモダンな現代思想の世界ではよく、「哲学の社会学化」が言われています。結局、哲学者=自分たちのように「哲学」をやる人が世の中にそんなにいないのではないか、という<不安>が、周りの人は何を考えているんだろう、という<疑問>に代わって、社会学っぽくなるんじゃないかと僕は思ったりしています。
そういうわけで、収拾がつかなくなってきたのでこの辺で筆を置くことにしますが、複数の人間から形成される、人間を超えた何かに思いを巡らすことは、すごく面白いですね!!それこそが「歴史」なのかもしれません。
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There was a factory underground
Posted on 6月 30th, 2008 No comments -
癌、このとらえがたきもの
Posted on 6月 18th, 2008 1 comment最近、癌に対する興味が急速に高まってきた。
ひとつは、僕と親交のある、ジャーナリストの立花隆さんが、膀胱癌にかかって、今年のはじめに手術を受けて、癌との闘病歴を文藝春秋の「僕はがんを手術した」という連載で告白していること。2008年7月号では、最終回「がんという敵の正体」で、最新の科学的知見をたくさん用いて、がんとは何かを解説している。立花隆氏という人物のどこがすごいかというと、どんなことでも、自分の興味の対象にしてしまい、それをわかりやすく解説することで、氏の文章を読む人をも、それに興味をもつようにして、対象に引き込ませてしまうところ。これは、文章だけに限ったことではなく、お話をされるときも同様。「〇〇は××で、〇〇の△△というところが面白い」、というポイントを教えてくれるので、非常にわかりやすい。しかも、扱える分野が広大だ。哲学、宗教、自然科学(宇宙・地球・人間)、科学技術(電脳・サイボーグ)、政治・経済、文学、芸術・音楽、世界史・日本史…。このような人物は、後にも先にもいないのではないかと思う。稀有な人。
ひとつは、上の写真にあるとおり、平岩正樹という「スーパー外科医」の『がん難民にさせるものか 抗がん剤治療の最前線から』(実業之日本社)という本を図書館で借りて、読んだこと。読み終わって非常に感化されて、何かできないかと思い、とりあえず、ブックオフで『ブラックジャックによろしく』(モーニングKC)の【がん医療編①‐④】を購入した。そもそもなぜ、Dr.平岩のことを僕が知りえたかというと、Dr.平岩が『こうして私は53歳で、また東大生になった
(海竜社)』という書物をだしたように、いま、東京大学の文科Ⅲ類にいて、3回目の東大生をやっているためだ。Dr.平岩が僕の所属するサークルの練習に顔を出すようになったということを、後輩をとおしてきき、本を読んでおこうと思ったのだった。
平岩正樹氏(公式サイト)は、静岡県の共立蒲原病院の外科部長だったとき、院内に「がんの相談室」を設置した(1995年)。さらに、2001年には、インターネットにも、「がんのWeb相談室」をつくった。当時は、医療機関においても、個人情報の開示の是非が議論され始めていた時期だ。そのころから、Dr.平岩は、癌の告知率100%を実現している。「手術が専門」と思われがちな外科医だが、Dr.平岩は、最新の情報を取り入れつつ、抗がん剤治療に積極的に力を入れている。本書を読むと、現在の日本の抗がん剤治療が、いかに不十分なものであるかが分かる。高齢化社会が到来し、医療費が財政を圧迫しつつある昨今、政府は医療費抑制のために、多くの対策を講じている。一方、なにかとマスコミが騒いでいるように、医療崩壊は確実に進行している。病院経営の観点から、赤字になっている事業=診療科を削る方針がとられている。小児科がその矛先にあるのはよく言われているが、抗がん剤治療も同様である。抗がん剤治療といっても、治療費自体はタダに等しく、支払われるお金の大部分は、製薬会社に対する薬代である。このため、抗がん剤治療を積極的に行おうとする病院は少なく、十分な抗がん剤を備えている病院は少ない。抗がん剤治療を専門とする医師の数も少ない。こうして、十分な抗がん剤治療を受けられないがん患者=がん難民が大量に発生する、と平岩氏は語る。このままでよいのか。そんなはずはない。Dr.平岩は、現行の体制に対して、(あたたかな)皮肉をこめて、痛烈に批判している。
【がん難民にならない方法】
がん難民にならない方法は、二つある。確実な方法は、進行したがんや再発がんの治療にも力を入れている病院で、最初から治療を受け始めることだ。採算を度外視して患者の治療に全力を注いでいる病院・外科医は、全国に少なくない。問題は、がんになったばかりの患者にとって、最初は医療の格差まで考える余裕がないことだ。一度手術を受けた患者は、他の病院への転院が極端に難しくなる。その後の抗がん剤治療は無料と国が決めているからだ。それでも、途中から転院してきた患者にも質の高い抗がん剤治療を提供する病院がある。多くはない。
①パトロンがいること。
②優秀な医者がいること。
③患者に知られていないこと。
の三つの条件が必要だ。
(以上、『がん難民にさせるものか』「あとがき」より)それにしても、がんとは一体何なのだろうか。アメリカ癌学会(ACS)の解説を多少長めに引用したい。
What Is Cancer?
Cancer occurs when cells in a part of the body begin to grow out of control. Normal cells divide and grow in an orderly fashion, but cancer cells do not. They continue to grow and crowd out normal cells. Although there are many kinds of cancer, they all have in common this out-of-control growth of cells.
Different kinds of cancer can behave very differently. For example, lung cancer and breast cancer are very different diseases. They grow at different rates and respond to different treatments. That’s why people with cancer need treatment that is aimed at their kind of cancer.
Sometimes cancer cells break away from a tumor and spread to other parts of the body through the blood or lymph system. They can settle in new places and form new tumors. When this happens, it is called metastasis (meh-tas-tuh-sis). Cancer that has spread in this way is called metastatic cancer.
Even when cancer has spread to a new place in the body, it is still named after the part of the body where it started. For example, if prostate cancer spreads to the bones, it is still called prostate cancer. If breast cancer spreads to the lungs, it is still breast cancer. When cancer comes back in a person who appeared to be free of the disease after treatment, it is called a recurrence.
(from American Cancer Society’s website)
医者の世界では当たり前というが、「癌」という名前の病気は無い。存在するのは、200種類もの「〇〇がん」で、性質や治療法がまったく異なる。これらをまとめて、癌(cancer)あるいは悪性腫瘍(malignant neoplasm)とよんでいるのである。
がんという問題は、その発症要因にしても、治療法にしても、いろいろな事象が絡み合って生じている、きわめて複雑な問題である。僕たちは、親戚の誰それががんになった、とか、有名人の某ががんと闘病している、とか、「がん」を個別の話題として、感傷的に語ることが多い。しかし、ヒトが長生きをするようになって、がんになるヒトが増えたという事実が示しているように、「がん」は、現代の僕たちの生活と、切っても切れない縁にあることは確実だ。もっと普遍的な事柄として、癌を観て、がん患者を診る/看ることが大事だと思う。それとともに、日本の医療体制がもっとフレキシブルになることを願う。
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TOSHIBAが頑張るみたいです
Posted on 5月 10th, 2008 No comments- 東芝、10年度に売上高10兆円・営業利益率5%目指す
- 東芝 投資家情報(IR)
次世代DVD規格をめぐる、Blu-ray DiscとHD-DVDの対決は、今年の2月19日に東芝がHD-DVD撤退を発表して、Sony/Panasonic/Sharp陣営の勝利で幕を閉じました。HD-DVDを早期撤退した東芝ですが、2010年度売上高10兆円を目標に、さまざまな手を仕掛けてくるみたいです。

東芝、Cell搭載テレビを09年秋に発売 「超解像」技術も積極展開 – ITmedia News via kwout
その一つが、PlayStation 3に積載されているCellプロセッサを搭載した、Cell搭載テレビ。 Cellプロセッサは、IBM/Sony/SCEIと東芝が共同で開発した半導体装置で、東芝はCell生産設備をSonyから買収していたんですね。なんだ、こちらではSonyと東芝の仲がいいじゃないか。お互いリスクをうまくヘッジしているんですね。
Cell搭載テレビの機能は、「オペラグラス機能」「マルチ同時録画・再生機能」「自動シーン検出」など。CellはIntelのCore 2 DuoやAMDのAthlon X2と同様、マルチコアCPUで、一つの汎用性コアプロセッサ(PPE)と八つの単純プロセッサコア(SPE)を組み合わせた合計九つのプロセッサコアから構成されます。つまり、かなりの高性能です。
東芝の武器は、超解像機能。何?聞いたことがない。低解像度の画像から高解像度の画像を生成する技術だそうです。Blu-ray(BD)をみるためには、BDに対応したドライブが必要。しかし、画質は、ディスプレイの性能に依存することがままあります。Cell搭載テレビは、現行のDVDなどのデジタルコンテンツ(画質は標準以下でもよい)を、テレビの側で高画質にしてしまうのです。
東芝の社長、西田厚聰氏のコメント。
西田社長は「HD DVD終息の1年前から(超解像技術を搭載する)半導体の開発を始めていた。今後も現行フォーマットでソフトが出続けるだろう。高い次世代機を買わなくても、新機能により相当いい画質で見られる」と話し、HD DVDで見込んでいた売上高のかなりの部分はカバーできるという見通しを示した。
東芝、10年度に売上高10兆円・営業利益率5%目指す – ITmedia News via kwout
どこかできいたのですが、Wikipediaにも書いてあるのですが、西田厚聰社長は、「超」が就くほどの変りものらしいです。日本に留学していたイラン人女性と結婚して、イランに渡り、イランで東芝の現地法人に就職。ヨーロッパ、アメリカ支店で働く。パソコン事業の創始に携わる。赤字だったパソコン事業をわずか1年で黒字に回復させる。2005年6月社長に就任。以来、積極的な設備投資(2006年度からの3年間で2兆4000億円)を打ち出す。すごすぎる。日本にもこんな経営者がいたんですね。ぜひ自伝を書いてもらいたいです。ガンバレ、東芝!!(とくに株主ということではないけれど)
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1 year ago
Posted on 5月 6th, 2008 No comments生まれてきて20余年の僕の人生には、生身で接した、恩人というべき人たちが何人か存在する。
そのなかでも、生き方、知識の身につけ方と文章の書き方、そして、世界の広げ方について強烈なインパクトを与えてくれた人がいる。それは、ノンフィクション作家・評論家の立花隆氏だ。僕が立花氏と会うことになったきっかけは、東大駒場の1・2年生向けに2005年から開講された全学自由研究ゼミナール、「先端研究現場へ行こう(=立花隆ゼミ)」だった。僕が実質在籍していたのは、2005年10月から、2006年9月くらいまでで、いろんな研究室を訪問したり、記事を書いたり、講演会で話を聞いたり、ウェブサイトを作ったり、等々、考え付いた範囲でありとあらゆることをした。立花氏のもとに集まってきた、僕と同世代の学生20-30名は、そこらのサークルやバイトではあまりあるほどの、好奇心と情熱をもっていて、毎回ゼミの集まりがある水曜の夜は、遅くまで議論がヒートアップした。活動は休日におよぶこともあり、駒場のオープンラボラトリーにゼミ室を設けて、行けば必ず誰かいるというようなスペースもかつて存在した。知的な刺激にあふれた数ヶ月間だった。駒場を離れ、ゼミの活動に関与する機会がなくなってからも、ゼミの友人との付き合いは途絶えていない。
立花氏と個人的に親密な関係になっていった者も数名いた。おそらくは、僕もその中の一人に含まれることだろう。文京区小石川に、ネコビルという名前の、黒塗りのコンクリートの壁に猫のあたまが描かれた建物がある。それが、立花隆事務所だ。立花氏に直接会ったり、文章を書いてもらったりする必要があるとき、立花ゼミ生は、ネコビルを訪れる。そこは、<知の巨人>立花隆の作業場だ。地下1階から地上3階まで、あらゆる分野とあらゆる時代の本が惜しみないほど蓄えられている。数えても、きりがない。しかも、ネコビルにある本は、つねに殖えている。さまざまな出版社あるいは著者からの献本と、新しく購入された本によって。「生きている本棚」や「本のために存在するビル」というのがあることをはじめて知った。
タイトルの”1 year ago”について書くことにしよう。一年前の2007年5月6日にしたことが、手帳に残っている。僕は立花事務所に行っていた。その日の午前中は雨がたいそう降っていて、僕は飲食店のバイトを終えた後、秋葉原のSofmapでacerの22インチワイド液晶ディスプレイと、PanasonicのSDオーディオプレイヤー”D-snap”と、ASUSのグラフィックボードを買った。雨の日オプションというものを利用したので、液晶ディスプレイについては配達料が無料だった。それから、上野まで歩き、マルイシティ上野店の地下2階にあるGAPでチノパンを買い、上野東急というこじんまりした映画館で、レオナルド・ディカプリオが主演している”BLOOD DIAMOND”を見て、それなりに感動した。映画館を出て、歩いていると、立花氏本人から携帯に電話があり、立教大学の大学院の21世紀社会デザイン科の人が話を聞きたがっているので、これからネコビルに来ないかと言われた。僕は立花氏に行くことが可能であると伝え、上野から小石川まで30分くらいかけて歩いた。僕がよばれたのは、ネコビルではなくて、ネコビルの向かいにある柏木ビルだった。そこも、立花氏が物書きの仕事のために間借りしている。立花氏とゼミ生だったSくん、それに名前は忘れてしまったが、立教の学生さん2人がそこにはいた。立教の方たちも、立花氏が主宰する別のゼミに所属していて、立花さんを取材したいので、ビデオ録画の方法と、編集の仕方と、ウェブサイトへの載せ方を僕に教えてほしいということだった(僕は動画編集の専門的知識は持っていないが、立花氏の取材に同行してビデオ撮影をしたことがあった)。その場で取材は行われた。その時の様子が、Google Videoに投稿されているので、リンクしてみたい。
質問 – 今の若者について感じることは?
質問 – 立花さんが一番楽しい時は?
質問 – 生まれ変われたとしたら何になりたいですか?
その日はそれから、立花氏とSくんと近くのジョナサンで食事をしながら、いろいろしゃべり明かし、立花氏と別れてから、僕とSくんは、当時ゼミの幹事をしていたKくんの住むマンションまで歩いた。そういう一日だった。立花氏については、また詳しく書いてみたいと思う。


