8 月 05

高速バス、叡山電車、ATR

おとといの朝から、きのうの夜まで、大阪‐京都‐奈良にいました。

東京駅八重洲口から高速バスに乗り、バスで一泊して、大阪駅桜橋口に朝8時過ぎに到着。それから、大阪環状線で天王寺に行き、地下鉄御堂筋線でなんばへ行き、御堂筋を歩いて、道頓堀と心斎橋と淀屋橋を歩き、大阪駅に戻って、JRで京都駅に行き、バスで出町柳に行き、叡山電車に乗って鞍馬に行き、鞍馬神社と貴船神社を見て、出町柳に戻って、百万遍から歩いて、京大院生の高校の同級生と会いました。それから、アパートに行き、また出かけて、下賀茂神社を見て、京都御所を歩いて、護王神社を見て、寺町という御土産街をみて、川床を見て、バスで高野に行って、ホテルの屋上のビアガーデンみたいなところで食事をして、けっこう飲んで、アパートに帰って泊めてもらいました。一日でかなりの距離を歩きました。写真もたくさん撮りました。

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そして、翌日は、同級生の家を出発して、京都駅に行き、立花ゼミの参加者と集合して、近鉄で新祝園に行って、そこからタクシーでATRという株式会社に行きました。ATRは、ロボットやメディア研究のレベルが非常に高い、全国でも有数の研究所ですが、場所がけいはんな学術研究都市という人里離れた場所だけに(関東では、つくば研究学園都市に相当)、あまり知られていません。それでも、京都からも大阪からも、一時間あれば電車でいける距離にあります。今回訪問したのは、ATRの中のCNSの組織の、脳科学とロボットをやっている研究者の先生たちで、fMRIやMEGを組み合わせることで、ヒトの脳の機能を観測したり、ヒトの脳を非侵襲的にロボットと「接続」したBMI技術を開発したり、というお話を聞いてきました。さいごに、CNS所長で、小脳の内部モデルの研究で有名な、計算論的神経科学のパイオニア、川人光男先生にインタビューさせてもらいました。どうして、脳の研究を始めたのか、ということから、BMI技術の社会的応用の話まで、広い範囲にわたって、お話を聞くことができて、とてもよかったです。それにしても、クールでスマートで、それでいて、パッションがあって、しかもオシャレという一流研究者が、世の中にはいるものだなーと思いました。

7 月 24

わたしとあなたをめぐって

暑さが最高潮に達していて、なんともうだつが上がらない(?)日々を送っています。

本を読もうと思っても、息を潜めてページをめくる作業をしていると、とたんに冷たいものが飲みたくなったり、頭がボーっとしてきたり、平静を保つのが難しい毎日です。読みたいものは次々出てくるのですが。

最近、特に僕が注目しているのは、海外の短編小説です。それも、南米のものとか、ロシアのもの。南米では、ボルヘスやガルシア=マルケスなど、すぐれた短編を多数残した作家がいます。ロシアでは、チェーホフ。人づてにチェーホフの良さをききました。暑いときこそ、短時間でさらっと読める、読後感もすっきりとした、短編小説がいいのではないでしょうか。

あいさつはさておき、今回の投稿のタイトルの「わたしとあなたをめぐって」。こんなタイトルを思いついて、ここに書き散らそうと思ったのは、『現代思想(青土社)』の特集、<ニューロエシックス>を目にしたからです。神経倫理=ニューロエシックスについては、ガザニガの「脳のなかの倫理―脳倫理学序説」や脳を活かす研究会をとおして、2年前くらいから耳にしていたのですが、脳神経科学がマスコミやゲーム業界から注目されるようになって、いよいよおもしろいことになってきそうな雰囲気を見せています。

「生命の設計図」であるDNAを解読することによって、生命そのものを制御できるのではないかと、一部の人間が想像したのは、いまから10年くらい前のことだったと記憶しています。生命倫理=Bioethicsいう分野が出現しました。現在議論されている神経倫理=Neuroethicsでは、「思考を読む機械」である脳波計やfMRIやNIRSをつかうことで、人間の思考・行動が支配できるのではないか、という想像が根源にあります。ここ何年かの間で急速に進歩しているのが、BMI(Brain Machine Interface)やBCI(Brain Computer Interface)とよばれる技術です。人や動物の神経系から発せられる電気信号をコンピュータに取り込んで、ロボットを動かしたり、いわば考えるだけで、マウスのカーソルを移動させたり、クリックしたりすることが可能になりました。工学と医学の融合領域で、まさにSF並の、さまざまな実験・応用が試みられようとしています。

『現代思想』の特集では、脳神経科学が行き着く先は、フーコーが説いた「生政治=Biopolitics」(政府が全国民の生を管理する)につながるのではないか、という考えをもった人がけっこういて、僕もかなり近い考えをもっています。どこに出てきたかは覚えていないのですが、Noopolitics(精神あるいは魂の政治)という妙な言葉を持ち出している人もいたりして、ふーんと思いました。

『現代思想』の記事で、ほかの執筆者とは明らかに異質な記事を投稿していたのが、Production I.G.で「攻殻機動隊S.A.C.」などの脚本を書いている、櫻井圭記さんの「複合する私たち 四人称の未来へ」です。きっとこうなんじゃないか、という櫻井さんの直観が、散りばめられている文章ですが、僕は理論武装100%の文章よりも、こういう文章のほうが100倍面白いと感じました。冒頭で櫻井さんの生い立ちが語られ、ロンドンで体験した英語の人称変化の不思議や、ブーバーの「我と汝」、アイヌ語に四人称があること、などなどが述べられています。文体がとても滑らかで読みやすいです。櫻井圭記さんは、以前僕が所属していた立花隆ゼミの、2006年の五月祭企画「INNOCENCEに見る近未来科学」で作家の瀬名秀明さんとの対談があり(オリジナルとコピーのはざまで─ゴーストが宿る場所─)、僕はそれを聞きに行きました。

さて、こうして長々と人称代名詞にまつわる思い出バナシをしているのには理由がある。脳神経科学の領域で昨今話題になっているBMI技術が近い将来にもたらすかもしれない「脳‐ネットワーク社会」においては、僕たちの意識の有り様は変容し、「四人称」とでも称すべき新たな感覚が生じるのではないか、と個人的に妄想するからである。(「複合する私たち」、櫻井圭記、『現代思想』)

「四人称」という、新たな人称が出現するというのは、一見タダの夢想にしかみえません。しかしながら、日々インターネットに接していて、毎日欠かさず書き込みをして、「痕跡」を残している人間にとっては、実は感覚としてもう「当たり前」のことなのかもしれません。現実世界とは違う、仮想世界での「つながっている」感覚は、インターネットが出現した10年前くらい、というかむしろ、ドコモのi-modeが普及したあたりから日常的なものになっていた気がします。twitterなんかを熱心にやっていると、すごくよくわかると思います。

ところで、櫻井さんは、脚本を担当した『攻殻機動隊S.A.C. TRILOGY-BOX (Blu-ray) (初回限定生産)』のタイトルのネーミングについて、こんな風に書いています。

個にして全、全にして個、という関係がどこまでも階層化されたホロニックなネットワーク構造の中で、新たに現れてきている主体(らしきもの)に、僕たちは何とかして新しい名前をつけたがっているのである。ネットから切り離され、個体として自立する「スタンド・アローン」な各人の形成する複合体「コンプレックス」とは、まさしく、一人称でありながら、同時に三人称でもありうる、四人称的な世界観のことに他ならない。
(同上)

四人称というのはつまり、グノーシス主義の言い換えなのでしょう。僕も一時期、この考えにけっこう関心があったことがありました。要するに、「あなたはわたし。わたしはあなた。全ては今ここに存在し、全てはわたしのなかにある。」ということ。自己と他者の境界がなくなることは、自己が崩壊するリスクがかなり高いわけです。

いま、ほぼ同時に読んでいるのが、橋本治の「いま私たちが考えるべきこと」。いま私たちが考えるべきことは、じつは私たち自身のことだ、というのがこの本の主題なのですが、冒頭の「はじめに」で興味深いことが述べられいます。

自分の外にはすごく大きな「人の集団」があって、そこでは、「私たち」という一体感のある言葉が、あたりまえに使われています。
(中略)
何かは共有出来ているし、時々は深い意見の一致もあるけれど、「一人称複数の一体感」はあまりない―かえって逆に、その一体感をわたしは避けようとしています。それは、「一人称複数の一体感」がない方が、個人的で自由にしていられるような気がするからです。
(中略)
私一人と外側との関係は、「全体vs.個」で「全体vs.孤」ですが、たまさかに「ボクたち」だったり「オレたち」だったりする友人たちと、その外側との関係もまた、「全体vs.個=孤」です。
(「いま私たちが考えるべきこと」、橋本治)

非常に接点がある、クロスリンクしたこの二つ文章を読んで、ああ、僕の考えていたようなことはこんなことだったのかな、と思いました。たまたま図書館で借りた橋本治さんの本に、こんなことが書いてあるとは思いもよりませんでした。トピックは「私」と「私たち」から、「私」と「私たち」と「社会」に移ります。

「私」は「私たち」の一員ではあるけれど、しかし、その「私」の所属する「私たち」は、実のところ、一体感の持てない「彼ら」でしかない―こういう断絶があって、それが何度も繰り返されるのです。
「私」は「社会」の一員だが、しかし、その「私」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
「私たち」は「社会」の一員だが、しかし、その「私たち」の所属する「社会」は、実のところ、一体感の持てない「社会という意味不明」でしかない。
(同上)

人間は社会性のある生物だと言われます。つまり、動物行動学的にみて、「群れをなす」動物だということができます。僕たちは日常的に、群れる=仲間と一緒にいることは自覚的にできます。いつも一緒にいる仲間というのは、たぶん、自分とどこか似ているところがあったり、気があったりして、共に行動することで気分が落ち着きます。でも、どこからどこまでが仲間なのか、ということを考え出すと、僕たちが所属している社会とはなんなのか、ということに考えが至ります。社会には、「僕」が知らない「仲間」がいるかもしれないし、これまでいたのだし、絶対いるはずです。それと同時に、「僕」とは相いれない「敵」や不和をもたらす人間がいることも間違いないわけです。つまり、社会というのは、潜在的な「仲間」が適度に配合された七味唐辛子が入った容器のようなもので、僕たちは、そのスパイスの粒を見分けて、どれが自分との相性がいいかを判断するのだと思います。

ポストモダンな現代思想の世界ではよく、「哲学の社会学化」が言われています。結局、哲学者=自分たちのように「哲学」をやる人が世の中にそんなにいないのではないか、という<不安>が、周りの人は何を考えているんだろう、という<疑問>に代わって、社会学っぽくなるんじゃないかと僕は思ったりしています。

そういうわけで、収拾がつかなくなってきたのでこの辺で筆を置くことにしますが、複数の人間から形成される、人間を超えた何かに思いを巡らすことは、すごく面白いですね!!それこそが「歴史」なのかもしれません。

6 月 30

There was a factory underground

factory underground

6 月 18

癌、このとらえがたきもの

cancer books & comics

最近、癌に対する興味が急速に高まってきた。

ひとつは、僕と親交のある、ジャーナリストの立花隆さんが、膀胱癌にかかって、今年のはじめに手術を受けて、癌との闘病歴を文藝春秋の「僕はがんを手術した」という連載で告白していること。2008年7月号では、最終回「がんという敵の正体」で、最新の科学的知見をたくさん用いて、がんとは何かを解説している。立花隆氏という人物のどこがすごいかというと、どんなことでも、自分の興味の対象にしてしまい、それをわかりやすく解説することで、氏の文章を読む人をも、それに興味をもつようにして、対象に引き込ませてしまうところ。これは、文章だけに限ったことではなく、お話をされるときも同様。「〇〇は××で、〇〇の△△というところが面白い」、というポイントを教えてくれるので、非常にわかりやすい。しかも、扱える分野が広大だ。哲学、宗教、自然科学(宇宙・地球・人間)、科学技術(電脳・サイボーグ)、政治・経済、文学、芸術・音楽、世界史・日本史…。このような人物は、後にも先にもいないのではないかと思う。稀有な人。

ひとつは、上の写真にあるとおり、平岩正樹という「スーパー外科医」の『がん難民にさせるものか 抗がん剤治療の最前線から』(実業之日本社)という本を図書館で借りて、読んだこと。読み終わって非常に感化されて、何かできないかと思い、とりあえず、ブックオフで『ブラックジャックによろしく』(モーニングKC)の【がん医療編①‐④】を購入した。そもそもなぜ、Dr.平岩のことを僕が知りえたかというと、Dr.平岩が『こうして私は53歳で、また東大生になった(海竜社)』という書物をだしたように、いま、東京大学の文科Ⅲ類にいて、3回目の東大生をやっているためだ。Dr.平岩が僕の所属するサークルの練習に顔を出すようになったということを、後輩をとおしてきき、本を読んでおこうと思ったのだった。

平岩正樹氏(公式サイト)は、静岡県の共立蒲原病院の外科部長だったとき、院内に「がんの相談室」を設置した(1995年)。さらに、2001年には、インターネットにも、「がんのWeb相談室」をつくった。当時は、医療機関においても、個人情報の開示の是非が議論され始めていた時期だ。そのころから、Dr.平岩は、癌の告知率100%を実現している。「手術が専門」と思われがちな外科医だが、Dr.平岩は、最新の情報を取り入れつつ、抗がん剤治療に積極的に力を入れている。本書を読むと、現在の日本の抗がん剤治療が、いかに不十分なものであるかが分かる。高齢化社会が到来し、医療費が財政を圧迫しつつある昨今、政府は医療費抑制のために、多くの対策を講じている。一方、なにかとマスコミが騒いでいるように、医療崩壊は確実に進行している。病院経営の観点から、赤字になっている事業=診療科を削る方針がとられている。小児科がその矛先にあるのはよく言われているが、抗がん剤治療も同様である。抗がん剤治療といっても、治療費自体はタダに等しく、支払われるお金の大部分は、製薬会社に対する薬代である。このため、抗がん剤治療を積極的に行おうとする病院は少なく、十分な抗がん剤を備えている病院は少ない。抗がん剤治療を専門とする医師の数も少ない。こうして、十分な抗がん剤治療を受けられないがん患者=がん難民が大量に発生する、と平岩氏は語る。このままでよいのか。そんなはずはない。Dr.平岩は、現行の体制に対して、(あたたかな)皮肉をこめて、痛烈に批判している。

【がん難民にならない方法】
がん難民にならない方法は、二つある。確実な方法は、進行したがんや再発がんの治療にも力を入れている病院で、最初から治療を受け始めることだ。採算を度外視して患者の治療に全力を注いでいる病院・外科医は、全国に少なくない。問題は、がんになったばかりの患者にとって、最初は医療の格差まで考える余裕がないことだ。

一度手術を受けた患者は、他の病院への転院が極端に難しくなる。その後の抗がん剤治療は無料と国が決めているからだ。それでも、途中から転院してきた患者にも質の高い抗がん剤治療を提供する病院がある。多くはない。
①パトロンがいること。
②優秀な医者がいること。
③患者に知られていないこと。
の三つの条件が必要だ。
(以上、『がん難民にさせるものか』「あとがき」より)

それにしても、がんとは一体何なのだろうか。アメリカ癌学会(ACS)の解説を多少長めに引用したい。

What Is Cancer?

Cancer occurs when cells in a part of the body begin to grow out of control. Normal cells divide and grow in an orderly fashion, but cancer cells do not. They continue to grow and crowd out normal cells. Although there are many kinds of cancer, they all have in common this out-of-control growth of cells.

Different kinds of cancer can behave very differently. For example, lung cancer and breast cancer are very different diseases. They grow at different rates and respond to different treatments. That’s why people with cancer need treatment that is aimed at their kind of cancer.

Sometimes cancer cells break away from a tumor and spread to other parts of the body through the blood or lymph system. They can settle in new places and form new tumors. When this happens, it is called metastasis (meh-tas-tuh-sis). Cancer that has spread in this way is called metastatic cancer.

Even when cancer has spread to a new place in the body, it is still named after the part of the body where it started. For example, if prostate cancer spreads to the bones, it is still called prostate cancer. If breast cancer spreads to the lungs, it is still breast cancer. When cancer comes back in a person who appeared to be free of the disease after treatment, it is called a recurrence.

(from American Cancer Society’s website)

医者の世界では当たり前というが、「癌」という名前の病気は無い。存在するのは、200種類もの「〇〇がん」で、性質や治療法がまったく異なる。これらをまとめて、癌(cancer)あるいは悪性腫瘍(malignant neoplasm)とよんでいるのである。

がんという問題は、その発症要因にしても、治療法にしても、いろいろな事象が絡み合って生じている、きわめて複雑な問題である。僕たちは、親戚の誰それががんになった、とか、有名人の某ががんと闘病している、とか、「がん」を個別の話題として、感傷的に語ることが多い。しかし、ヒトが長生きをするようになって、がんになるヒトが増えたという事実が示しているように、「がん」は、現代の僕たちの生活と、切っても切れない縁にあることは確実だ。もっと普遍的な事柄として、癌を観て、がん患者を診る/看ることが大事だと思う。それとともに、日本の医療体制がもっとフレキシブルになることを願う。

5 月 10

TOSHIBAが頑張るみたいです

次世代DVD規格をめぐる、Blu-ray DiscとHD-DVDの対決は、今年の2月19日に東芝がHD-DVD撤退を発表して、Sony/Panasonic/Sharp陣営の勝利で幕を閉じました。HD-DVDを早期撤退した東芝ですが、2010年度売上高10兆円を目標に、さまざまな手を仕掛けてくるみたいです。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0805/09/news038.html

東芝、Cell搭載テレビを09年秋に発売 「超解像」技術も積極展開 - ITmedia News via kwout

その一つが、PlayStation 3に積載されているCellプロセッサを搭載した、Cell搭載テレビ。 Cellプロセッサは、IBM/Sony/SCEIと東芝が共同で開発した半導体装置で、東芝はCell生産設備をSonyから買収していたんですね。なんだ、こちらではSonyと東芝の仲がいいじゃないか。お互いリスクをうまくヘッジしているんですね。

Cell搭載テレビの機能は、「オペラグラス機能」「マルチ同時録画・再生機能」「自動シーン検出」など。CellはIntelのCore 2 DuoやAMDのAthlon X2と同様、マルチコアCPUで、一つの汎用性コアプロセッサ(PPE)と八つの単純プロセッサコア(SPE)を組み合わせた合計九つのプロセッサコアから構成されます。つまり、かなりの高性能です。

東芝の武器は、超解像機能。何?聞いたことがない。低解像度の画像から高解像度の画像を生成する技術だそうです。Blu-ray(BD)をみるためには、BDに対応したドライブが必要。しかし、画質は、ディスプレイの性能に依存することがままあります。Cell搭載テレビは、現行のDVDなどのデジタルコンテンツ(画質は標準以下でもよい)を、テレビの側で高画質にしてしまうのです。

東芝の社長、西田厚聰氏のコメント。

西田社長は「HD DVD終息の1年前から(超解像技術を搭載する)半導体の開発を始めていた。今後も現行フォーマットでソフトが出続けるだろう。高い次世代機を買わなくても、新機能により相当いい画質で見られる」と話し、HD DVDで見込んでいた売上高のかなりの部分はカバーできるという見通しを示した。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0805/09/news046.html 東芝、10年度に売上高10兆円・営業利益率5%目指す - ITmedia News via kwout
どこかできいたのですが、Wikipediaにも書いてあるのですが、西田厚聰社長は、「超」が就くほどの変りものらしいです。日本に留学していたイラン人女性と結婚して、イランに渡り、イランで東芝の現地法人に就職。ヨーロッパ、アメリカ支店で働く。パソコン事業の創始に携わる。赤字だったパソコン事業をわずか1年で黒字に回復させる。2005年6月社長に就任。以来、積極的な設備投資(2006年度からの3年間で2兆4000億円)を打ち出す。すごすぎる。日本にもこんな経営者がいたんですね。ぜひ自伝を書いてもらいたいです。

ガンバレ、東芝!!(とくに株主ということではないけれど)

5 月 06

1 year ago

生まれてきて20余年の僕の人生には、生身で接した、恩人というべき人たちが何人か存在する。

そのなかでも、生き方、知識の身につけ方と文章の書き方、そして、世界の広げ方について強烈なインパクトを与えてくれた人がいる。それは、ノンフィクション作家・評論家の立花隆氏だ。僕が立花氏と会うことになったきっかけは、東大駒場の1・2年生向けに2005年から開講された全学自由研究ゼミナール、「先端研究現場へ行こう(=立花隆ゼミ)」だった。僕が実質在籍していたのは、2005年10月から、2006年9月くらいまでで、いろんな研究室を訪問したり、記事を書いたり、講演会で話を聞いたり、ウェブサイトを作ったり、等々、考え付いた範囲でありとあらゆることをした。立花氏のもとに集まってきた、僕と同世代の学生20-30名は、そこらのサークルやバイトではあまりあるほどの、好奇心と情熱をもっていて、毎回ゼミの集まりがある水曜の夜は、遅くまで議論がヒートアップした。活動は休日におよぶこともあり、駒場のオープンラボラトリーにゼミ室を設けて、行けば必ず誰かいるというようなスペースもかつて存在した。知的な刺激にあふれた数ヶ月間だった。駒場を離れ、ゼミの活動に関与する機会がなくなってからも、ゼミの友人との付き合いは途絶えていない。

立花氏と個人的に親密な関係になっていった者も数名いた。おそらくは、僕もその中の一人に含まれることだろう。文京区小石川に、ネコビルという名前の、黒塗りのコンクリートの壁に猫のあたまが描かれた建物がある。それが、立花隆事務所だ。立花氏に直接会ったり、文章を書いてもらったりする必要があるとき、立花ゼミ生は、ネコビルを訪れる。そこは、<知の巨人>立花隆の作業場だ。地下1階から地上3階まで、あらゆる分野とあらゆる時代の本が惜しみないほど蓄えられている。数えても、きりがない。しかも、ネコビルにある本は、つねに殖えている。さまざまな出版社あるいは著者からの献本と、新しく購入された本によって。「生きている本棚」や「本のために存在するビル」というのがあることをはじめて知った。

タイトルの”1 year ago”について書くことにしよう。一年前の2007年5月6日にしたことが、手帳に残っている。僕は立花事務所に行っていた。その日の午前中は雨がたいそう降っていて、僕は飲食店のバイトを終えた後、秋葉原のSofmapでacerの22インチワイド液晶ディスプレイと、PanasonicのSDオーディオプレイヤー”D-snap”と、ASUSのグラフィックボードを買った。雨の日オプションというものを利用したので、液晶ディスプレイについては配達料が無料だった。それから、上野まで歩き、マルイシティ上野店の地下2階にあるGAPでチノパンを買い、上野東急というこじんまりした映画館で、レオナルド・ディカプリオが主演している”BLOOD DIAMOND”を見て、それなりに感動した。映画館を出て、歩いていると、立花氏本人から携帯に電話があり、立教大学の大学院の21世紀社会デザイン科の人が話を聞きたがっているので、これからネコビルに来ないかと言われた。僕は立花氏に行くことが可能であると伝え、上野から小石川まで30分くらいかけて歩いた。僕がよばれたのは、ネコビルではなくて、ネコビルの向かいにある柏木ビルだった。そこも、立花氏が物書きの仕事のために間借りしている。立花氏とゼミ生だったSくん、それに名前は忘れてしまったが、立教の学生さん2人がそこにはいた。立教の方たちも、立花氏が主宰する別のゼミに所属していて、立花さんを取材したいので、ビデオ録画の方法と、編集の仕方と、ウェブサイトへの載せ方を僕に教えてほしいということだった(僕は動画編集の専門的知識は持っていないが、立花氏の取材に同行してビデオ撮影をしたことがあった)。その場で取材は行われた。その時の様子が、Google Videoに投稿されているので、リンクしてみたい。

質問 - 今の若者について感じることは?

質問 - 立花さんが一番楽しい時は?

質問 - 生まれ変われたとしたら何になりたいですか?

その日はそれから、立花氏とSくんと近くのジョナサンで食事をしながら、いろいろしゃべり明かし、立花氏と別れてから、僕とSくんは、当時ゼミの幹事をしていたKくんの住むマンションまで歩いた。そういう一日だった。立花氏については、また詳しく書いてみたいと思う。

5 月 04

Final Trip

今回もサイエンスの話を取り上げてみますが、かなりサイケデリックな方向に傾いています。先月29日、LSDを世界で初めて合成し、LSDによる幻覚を世界で初めて体験した、スイスの合成化学者、アルベルト・ホフマン博士が亡くなったそうです。死因は心臓発作。享年102歳。

ホフマン博士は、1938年にLSDを合成していたのですが、LSDのもつ幻覚作用を見出したのは、それから5年経った1943年でした。その年の4月16日、たまたま指先に付着した微量のLSDを摂取してしまい、博士は眩暈を感じました。眩暈が本当にLSDによるものかどうかを確かめるため、博士は自分の体をつかって実験をすることにしました。4月19日、博士はLSDを0.25mg摂取し、助手に自転車を持ってこさせ、自転車に乗って家に帰ることにしました。家に帰る途中、博士は視界が万華鏡のように変転するのを感じたそうです。LSD信奉者たちは、この日を記念して、”Bicycle Day”とよんでいます。

自分が作り出してしまった、未知の物質を自分の体で試してみる、というのは、ふつうの合成化学者はやりたがらないし、やろうとは思わないでしょう。というのは、有機化合物は、大部分が生体にとって有害だからです。それを知っていて、あえてやってみるという、ホフマン博士の無謀で冒険的な行動は、評価されるべきでしょう。

先のNY Timesの記事にあったホフマン博士の言葉。

“Through my LSD experience and my new picture of reality, I became aware of the wonder of creation, the magnificence of nature and of the animal and plant kingdom,” Dr. Hofmann told the psychiatrist Stanislav Grof during an interview in 1984. “I became very sensitive to what will happen to all this and all of us.”

ところで、LSDといえば、カウンターカルチャーが隆盛を極めていた1960年代、一世を風靡した幻覚剤として有名です。ライ麦などに寄生する麦角菌(Ergot)が生成する麦角アルカロイドから半合成されます。

LSD - 3D structure
画像:Image:Lsd.pdb.gif - Wikipedia

上の画像は、LSD(Lysergic acid diethylamide)の三次元立体画像。WikipediaのLSDの項目は、非常によく書かれています。

ホフマン博士は、サイケデリックな1960年代に、ティモシー・リアリーや、アレン・ギンスバーグ、そしてオルダス・ハックスレーという面々と友人関係にあったらしく、作家や芸術家をはじめ、LSD愛好者から慕われていたことがうかがえます。

こちらは、ティモシー・リアリー。”Turn On, Tune In, Drop Out”の呼びかけ。

こちらは、オルダス・ハックスレー著の”Brave New World”です。近未来的ディストピア。

クスリ(DRUG)のもつ作用は、一般的にいって、強烈です。この事実は、ヒトの体が、イオン・低分子と高分子化合物から成り立っているという何よりの証拠です。だから、人間の精神活動や知的活動も、物質的基盤がなければありえないわけです。Psycho-Physio-Pharmacoという、三つのP(一つのΨと二つのΦ)は関係が深いんですね。

それにしても、一つの化学物質が、人々の生活や文化や創造性、さらには死生観まで変えてしまうとは、不思議ですね!!

5 月 03

愛の光が見える

投稿タイトルだけみると、スピリチュアリティー全開モードなわけですが、今回は、サイエンスの話です。リンクは科学雑誌の最高峰のひとつ、SCIENCEのウェブサイトのニュースで見つけた記事です。Current Biologyで発表された論文によると、Jumping spiders (Phintella vittata)というクモの一種は、交尾をするとき(mating)に、UVB(Ultra-Violet B)の信号をオスがメスに送って、メスがそれを感じ取っているそうです。ちなみにUVBというのは、紫外線の分類のうちのひとつで、ヒトが見ることのできる可視光よりも波長が低いので、眼で見ることはできません。Wikipediaによると、波長域が315-280 nmの光をUVBというのだそうです。UVBはみることができないばかりか、私たちにとって、むしろ有害です。皮膚がんの原因になったり、眼にダメージを与えます。

動物のなかには、UVAを視ることができるものがいることはこれまでに知られていたのですが、UVBに関しては今回が初めてなのだそうです。Jumping spidersがこのように、UVBをつかってコミュニケーションするのは、捕食者など他の動物に知られないようにするためという説が有力らしいです。つまり、「わたしたちだけの秘密の恋の連絡網」ということ。愛の言葉はたくさん考えついたとしても、愛の光で示されたら、たまったものではないですね。光は伝達速度において音に優に勝るわけですし。

Googleで検索したら、こんなピッタリな格言が出てきました。ドイツの詩人・劇作家、フリードリヒ・フォン・シラーによるものです。

愛の光なき人生は無意味である。

Wikiquoteにその英文が載っていました。愛の光=the radiance of loveという訳みたいです。

What is life without the radiance of love?

Part II - Wallensteins Tod, Wallenstein (1798)

生き物がもっている潜在能力は、本当に量り知れませんね!!

5 月 03

“海外離れ”分析に反応冷ややか

若者の海外ばなれ:-)

おもしろい記事を見つけたので紹介します。日本旅行業協会委員長でJTBの社長が、若者の海外離れについて、こうコメントしたみたいです。

「パソコン一つで世界中の情報が楽しめる。『頭の中の旅』が新鮮さを奪った」

たしかに、(ネットワークに接続された)パソコンを通して、世界中のあらゆる情報が楽しめるというのは事実。しかし、それを『頭の中の旅』というのはどういうことだろう。インターネットから得られるものはあくまで、ディスプレイとスピーカーをとおした視聴覚的な情報とテキストくらいだ。たとえ料理の写真が掲載されていたとしても、その味を楽しむことはできないわけで。その段階までVR(仮想現実)技術が進歩してからのことだと思う。

頭の中の旅?

『頭の中の旅』というと、所謂”トリップ”を連想させる。”トリップ”は、クスリによってえられる幻覚体験だ。ヨガや密教の修行を積めば、瞑想からも体験できるといわれているが。そのあたりは、関連書籍を参照されたい。とにかく、「パソコン」によって得られる体験は、それほどの強度(現象学的な意味で)をもっていない。したがって、旅行によってえられる体験は、「パソコン」体験に代替することができない。

海外に行きたーい;-)

話は変わって。たしかに海外旅行というものに対する魅力というものは徐々に変化していると思う。海外といっても多種多様な国が世界にはある。南北アメリカ、アジア・ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、中東、北極圏と南極圏。かなり行きたいところと、行ってみてもいいかなというところと、興味はあるけれど行くのはちょっと…というところと、戦火が激しいところと、犯罪が多いところと、暴動と抑圧がハンパないところと、貧困と感染症が絶えないところと、宗教的対立が凄まじいところと、たくさんある。21世紀になったことだし、宇宙旅行もしてみたい。行きたいところはたくさんある。行動範囲は、はてしなく広い。

ニッポンってどうなんだろう

一方、僕たちの生活圏であるニッポンは、普通すぎるくらい普通だ。街を歩いていて、外国から来た人に会うことはあっても、残り大半は日本語を話す人々と日本人に見える人達。グローバル経済とか、<地球>温暖化とかってなに?っていう感じだ。セカイ遺産ならあるんだけれども。それに、セカイ系ならいっぱい知ってるよ。東京にいて、たまに関西弁とか名古屋弁とか博多弁を聞く機会があると、「へぇ、すごい、こんな言葉を話す人が世の中にはいるんだ!」ってびっくりしたりする。海外セレブやファッション業界が、原宿・渋谷の”kawaii”スタイルを口々に絶賛している昨今だ。

多様性をめぐって

世界はありすぎて困るくらいの多様性(diversity)であふれている。それなのに、僕たち日本人は、同じ自分たちをわざわざ区別したいみたいだ。勝ち組・負け組からはじまって、イケメン、フリーター、おたく、ニート、ひきこもり、ホームレス、腐女子にツンデレ……。もう、うんざりするよ?元凶は、なんなのだろう。某女性週刊誌なのか、大衆心理なのか、はたまた情報社会なのか。冗談ではなく、日本人のDNAという可能性もあると思う。今の状況がどうにかならないかなあ。

 若者の声

というわけで、冒頭でふれたITmediaの記事からの引用。ネット上に噴出した若者の声。

「年収200万円以下が1500万人じゃ無理もない。ラブホテルさえ行けない」「(海外へ行かないのは)経験の有無じゃない。テレビやネットで見られるからでもない。もう、憧れがないからだ」「『若者の〇〇離れ』というが、クルマ、プロ野球、テレビ、理系、パチンコ、CD(レコード)、結婚などすべて、30年前の価値観だ」

名もなき若者たちの声。どことなく作られた感がするが気にしないでおく。そもそもネットにあったコメントがほんとうに若者の口=キーボードを打つ指先から発せられたかどうかは定かではない。3番目の意見には同意。「若者の〇〇離れ」といっても、「若者」は時代とともに変遷するわけで。「お金があったら旅行しますか?」と問われれば、「はい。」と返事をするのだろうが、「お金があったら何しますか?」と問われれば、おそらく僕は「iMacとかVAIOとかタブレットPCを買います。」と間髪なく答えるのだと思う。

4 月 11

引用メモ3など

生命とは何か。情報とは何か。自己複製系とは何か。自己とは何か。宇宙に生命が誕生する確率はどれくらいか。地球の外に生命は存在するのか。物質は進化するのか。言葉とは何か。何か。何か。何か。何?

問いが壮大すぎて眠れなくなる。それでも、「いま、ここ(here and now)」の感覚はたしかにある。

死は觀念である、と私は書いた。これに對して生は何であるか。生とは想像である、と私はいはうと思ふ。いかに生の現實性を主張する者も、飜つてこれを死と比較するとき、生がいかに想像的なものであるかを理解するであらう。想像的なものは非現實的であるのでなく、却つて現實的なものは想像的なものであるのである。現實は私のいふ構想力(想像力)の論理に從つてゐる。人生は夢であるといふことを誰が感じなかつたであらうか。それは單なる比喩ではない、それは實感である。この實感の根據が明かにされねばならぬ、言ひ換へると、夢或ひは空想的なものの現實性が示されなければならない。その證明を與へるものは構想力の形成作用である。生が想像的なものであるといふ意味において幸福も想像的なものであるといふことができる。(「人生論ノート」から)

参照元:青空文庫・三木清