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Deus ex machina
Posted on 2月 11th, 2009 No commentsA:「デウス・エクス・マキナって知ってる?」
B:「知らないな」
A:「デウス・エクス・マキナっていうのはラテン語で、日本語に訳すと<機械仕掛けの神>という意味があるのさ」
B:「ふぅん。『時計仕掛けのオレンジ』っていうタイトルの映画なら聞いたことあるなあ」
A:「もともとは、古代ギリシャの演劇で、話の展開がややこしくなってとりとめがなくなったときに、事態を収拾させるための装置として使われたのが、デウス・エクス・マキナだったんだ」
B:「へぇ。神オチということか。それは、都合がいい」
A:「いわゆる予定調和というやつだね」
B:「何事もあらかじめ手配済みということか」
A:「哲学的概念として、予定調和をはじめに言ったのは、微分積分を発明したライプニッツだとされているね。ライプニッツは神学者でもあったわけだけれど」
B:「予定調和のためには、神の存在が必要だと言いたいわけか。でも、物語というのは、作者が創作しているという属性がある限り、終らせることはできるはずではないの?」
A:「物語の終りかたについて考えると、世界の終りとか、終りの終りとか、メタ物語とか、いささか面倒なことになりかねないね。<終らないこと>を暗示的に促すことによって終るという形式もあると思う」
B:「そういう意味で、神話的世界像は物語の初めと終りが整然と一本線になっていて、すっきりするわけだ。このことは、創世記で始まって黙示録で終る聖書にも言える」
A:「そうだね」
B:「予定調和に依らない終らせかたはないんだろうか。物語がどうにもこうにもいかなくなったときのために」
A:「予定調和の概念をもたらしたライプニッツに戻って考えるといいかもしれない。ライプニッツの哲学は、モナドという概念を想定することから始まるんだ。」
B:「モナド?」
A:「話が限りなく形而上学的になってしまうので詳しくは語れないけど、モナドというのは、物を分解して分解して限りなく小さくなっていってたどり着く要素のことで、それでいて状態をもっているものなんだ」
B:「よくわからないな」
A:「たとえば、社会とか国家とかを考えると、社会を細かくしていって、学校とか会社とか家族になる。さらに細かくすると個人になる。社会に対する個人がモナドということになる。同じように、ヒトという生き物に対する細胞がモナドということになる」
B:「わかったようなわからないような」
A:「つまるところ、神を前提としておくかどうかが、モナドの運命にとって問題なわけ。ライプニッツのモナド論に対して、神がいない世界の新しいモナド論を考えた学者がガブリエル・タルドという人物なのだけど」
B:「すこし強引じゃない?要するに、『社会法則/モナド論と社会学
』を読んでみろということだね」
