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Gauguin
Posted on 9月 19th, 2009 No commentsゴーギャン展観にいった。
平日午前だったけど(こんな時間に行ってもいいのだろうか?余裕だね)、
23日で終りなので、まあまあ混んでいた。Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?
「わたしたちはどこから来て誰でどこに行くのか。」が
一番の目玉だった。観れて良かった。せっかくなので10分くらい眺めた。ゴーギャンが描くタヒチの人たちは黄色や茶色をしている。
白人のゴーギャンには本当にそう見えたのか。あの絵をみるとき、「向かって右から左へ歩きながら見てください」という
指示があったので、みんなそうしていたけれど、ツアーみたいにヒトの成長と
衰退の一大絵巻として眺めることもできるだろうし、そうではなく、
一枚の瞬間を切り取った絵としてとらえることもできるだろう。右から左へ、真ん中のリンゴをとっている人を頂点に山ができる。
絵の左上と右上が黄色く縁取られていることに、今回見て初めて気がついたの
だけれど、その縁取りが、視線の山型の動きを促す効果をもつ気がする。
中央の女性を含め、このなかの誰がどれくらい自分について知っているのだろう、
というメッセージを感じた
(若い時は自分が人生のどこにいるかわからないみたいな)。なによりあの「巻物」のなかの人たちは、のうのうと水浴したり、
リンゴを摘み取ったり、リンゴをかじったり、憂いの表情をうかべたりして
いるだけではなくて、実際、左隅の老婆と右前面、赤子の隣の二人組は
こちらをしげしげと見つめている。赤子の傍の二人組は、貴方がどこから来たのか気になっているようだ。
反対に左隅の老婆。もう髪は白く、肌はすっかり艶を失っていて、
「あんたも同じだろ」と語ってくるように見える。
老婆の左の白い鳥は、トカゲを踏みつけている。蒼い偶像が描かれている。
おそらく木彫りのこの像は人が造ったものにすぎないけれど、
人の世の中を超越する存在をこのときのゴーギャンは信じたのだろうなと思った。ゴーギャン展作品少ないと感じたけれど、ゴーギャンの画家としてのキャリア自体が
短かったわけで、そう考えるとほかの印象派画家たち(モネ、ルノワール)と
比べてゴーギャンがやや異端視されるのはキャリアのせいもあるかなと思った。
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