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雑誌の休刊について
Posted on 8月 3rd, 2009 No comments雑誌の休刊が加速しているようです。
日本を代表するカルチャー雑誌『STUDIO VOICE』が8月発売号で休刊 – CINRA.NET
メインストリームからサブカルから、アート、写真、音楽、映画などなど幅広い話題を提供してくれた『STUDIO VOICE』が休刊することが決定しました。学業や諸々の活動のあいまに、書店に立ち寄っては『STUDIO VOICE』をふくめ、アート、音楽系の雑誌を立ち読みしては、リラックスした至福のひとときを過ごした自分としては、非常にがっかりしました。
『STUDIO VOICE』の秀でているところは、「日本の雑誌」とは思えないようなグラフィックの迫力。表紙&グラッフィックが目を惹く強度。写真関係の特集では、かなりコアで灰汁が強い写真家を紹介していて、「世界にはこんな写真家がいるのか」と思わせてくれたりしました。
立ち読みすることはあっても、僕が実際手元に置くために購入したのは、2005年08月号‐アート界最後のカリスマ!? マシュー・バーニーの世界と2007年02月号‐リヴァイヴァル以降の「80年代カルチャー」総括!の2冊だけだったので、売り上げに貢献していたとは言い難いわけです。やっぱり、みんなが買わなくなれば消えて行ってしまうものなのでしょうか。考えてみれば、特集ごとにアート、音楽、写真集、本など、分野がごった返していたのもよくなかったのかもしれません。次の8月6日号は買ってみようと思います。
雑誌の休刊が相次いでいますね。
「硬い」論壇調のところでは、「月刊現代」「論座」「諸君!」など。僕たちが「硬い」と思って敬遠していること自体売れない原因なのでしょうが。「論座」は割とロスジェネ論壇を扱っていて、興味で一冊購入してみたりしたのですがいまひとつだったようです。「広告批評」「ART iT」「InterCommunication」なども消えてしまいました。「月刊トライアスロン」も、「ここの店じゃ置いてないのか」と思ってさがしていましたが、半年くらい前に休刊したようです。
雑誌と言うのは、あるジャンルに精通した人が、そのジャンルの水先案内人になって、わたしたち初心者を導いてくれるガイドであるとともに、多種多様な意見が飛び交う場でもあるわけで、そのようなサロン的な媒体=mediumが失われることは、”通な人”にとっても新米にとっても大きな打撃であるわけです。「SNSやmixiコミュニティでその役割が果たせるじゃないか」というと、ある面ではそうかもしれませんがそうでないかもしれない。「コラムニスト」とか「書評家」という人が食べていけなくなるので、雑誌編集者を含めての職業が成り立たなくなってしまうとすれば、一大事でしょう。
書店に通うのがちょっぴりつまらなくなりますね。
ちなみに、僕が書店に立ち寄るとぱらぱらと良く読む雑誌は、音楽だと、高校時代からはrockin’onやBUZZ、最近ではremixあたり。アートだと美術手帖。写真だとアサヒカメラ、Phat Photoなどデジタル中心。コンピュータだと週刊アスキー。アスキーは秋葉原で無料版を配っているのでよくもらいます。経済だと東洋経済と日経ビジネス。日経ビジネスオンラインは日経メディカルとともにメルマガ登録しています。
海外でおすすめの雑誌(英語)は、WIREDとDISCOVER。どちらも装丁・グラフィックデザインが優れていて、オンライン版にはない付加価値が十分にあります。
科学メディアについては、衰退著しく、書きだすと長くなるので短めにしますが、雑誌休刊がいまのように激化する以前から言われていて、研究者の社会的責務としてのサイエンス・リテラシーの普及活動やサイエンス・コミュニケーションが数年前からプログラムとして方々ですすめられています。しかしながら、トップダウン式のやり方ではなかなかうまくいかないようで。面白いことは山ほどあるのに伝えるべき手段を使って伝えられないもどかしさ。そういうことをブログで書くしかないのです。
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