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  • 静かな映像

    Posted on 7月 16th, 2009 Yohei No comments

    vistaquest 1015をつかって、お茶の水橋から撮った映像です。未加工。

  • 日本の難点❷

    Posted on 7月 15th, 2009 Yohei No comments

    関東甲信地方は、昨日梅雨明けが発表されましたね。

    僕は割と気分が天候に左右されやすい質なので
    (ベースは安定していると思いますが)、うれしいです。

    だれでも、少なからず「気分」というのは、
    季節の移り変わりとか天候とか土地柄とかに
    影響を受けるのではないでしょうか。

    なんといっても、地上のエネルギーの根源は、ほとんどが
    常なる太陽の爆発によってもたらされているわけですからね。

    太陽といえば、7月22日午前の皆既日食たのしみですね!
    どこで見ようかなー。
    日本で見られる次の日食は2035年ですって!

    というわけで。昨日の続き。

    第三章の「自殺率は下げられないのか」。
    公衆衛生や高校の公民的な知識には、日本人の自殺要因として、
    経済問題と、鬱を含めた健康問題を教えているけれど、
    それは全くの短絡的思考である、と。

    従来は、「鬱に陥ったから経済的な要因程度で自殺の引き金が引かれてしまうのだ」
    「そもそも経済的な要因が鬱に陥るきっかけを与えてしまったのだ」というくらいの
    解釈だったのに対し、NPO法人のライフリンク
    (僕は姜尚中氏を通じて知った)のまとめた『自殺実態白書』によると
    自殺の要因は複合的で、孤独死の背景とよく似ていることがわかったそうです。

    僕自身、政府・行政機関が本気になって自殺を予防したいと思ったら、
    単にメンタルヘルス対策をとるだけでは足りないだろうと考えています。
    それだけで減るわけないです。

    どれだけ精神科医がいたとしても、一度心身に問題を抱えてしまったら
    既成事実が出来上がってしまって、「もう駄目だな」とか「終わったな」とか、
    周囲が当事者から離れてしまっていく。
    当事者は、自分がなりたくてなったわけではないのに、
    メランコリー親和性(まじめで几帳面)とか、そういう型に
    押しつけられてしまって、身動きできなくなる
    (最近の若い人には、社会適応できない→鬱っぽくなるという説明もされます)。
    そして、自殺が一つの選択肢のようなものに思えてくる。

    宮台氏は「社会的包摂性」のなさこそが問題であるという
    問題意識を示していますが、どれだけの人ができているでしょうか。
    そして、どのようにすれば社会的包摂が強化されるでしょうか。

    自分のことばかり気にしている大人にはなりたくないです。

    つづく。

  • 日本の難点❶

    Posted on 7月 14th, 2009 Yohei No comments

    いまさらですが、ヱヴァンゲリヲン破は良かったです。
    実は公開初日に見に行って、感想はネタばれになると
    思って書くのを控えていたわけです。

    すでにさまざまなブログで詳細な分析などがされていて、
    読んでみてなるほどなあと思いました。
    評論家の東浩紀さんは、新キャラのマリ(名前はちょっと古風)をゼロ年代的
    西尾維新的と評価していますが、たしかにそうだったと思います。

    表現しにくいですが、効果音でいうとこれまでのキャラの
    「ウワアアアアアアァァァ!!!」よりは「ウオオォゥゥウオオォゥゥ!!!」とか
    「アハァ?」なのかなーという印象を持ちました。

    ちょっとわかりにくいですね。
    ショックとか衝撃を「真に受ける」というよりは、
    「真に受ける」とまずいことを知っていて、あえて楽しむというような。

    役割的にもメタっぽい立場にいるようです。
    シンジ・レイ・アスカのような危なっかしさというか
    1990年代的世紀末的な感じとは好対照でした。

    先日、宮台真司さんの「日本の難点 (幻冬舎新書)」を読みました。

    大学受験の小論文対策とかにつかう「日本の論点 (2009) (文春ムック)
    とかいうものがありますが、それを一人で書きましたというものです。

    現代社会学者としての日本における立場を揺るがないものとしてしまった
    宮台氏がそれをやろうというのだから、面白くないはずはない。
    しかも幻冬舎新書。

    僕は一度、初台のICCで宮台真司さんたち論者が
    討論するイベントに参加したことがあって、
    そこで宮台さんをみたのだけれど、
    ものすごく早口で饒舌な方だったのを覚えています。

    この本は、コミュニケーション論・メディア論・若者論・教育論・
    幸福論・米国論・日本論という順に章が建てられていて、
    わりとオーソドックスな話と、○○論といったらこの人
    というような教養的な内容が一部あり、
    残りの部分を宮台氏個人の傾倒というか好みによって構成されています。

    社会を論じるにとどまらず、どのように社会を変えるかという
    「社会設計=ソーシャルデザイン」についても考えている
    (それ自体社会を論じることに含めることもできるが)のが
    本書の特徴だと思います。

    オバマ大統領やチェ・ゲバラを例に挙げ、本当に「スゴイ奴」は
    理屈とかではなくて、「感染的模倣=ミメーシス」によって
    世の中を変えてしまうという話が一番のハイライトです。

    ミメーシスはギリシャ語で、この言葉をきくと僕は
    松岡正剛氏のミメーシス+アナロギア=ミメロギアを思い出します。
    古代ギリシャ的知性がいま求められているのかもしれません。

    たしかに、以前僕が東○生をしていたとき、「スゴイ奴」のもとに
    「スゴイ奴」やまあまあ「スゴイ奴」が集う傾向があったような気がします。
    そのような雰囲気、受け皿のようなしくみがありました。
    たとえば、SCI東大ドリームネットの知の創造的摩擦プロジェクト。
    あの「自分たちにはなんでもできそうな感じ」の共有は
    どうやったらできるんでしょう。

    いまは、ポストモダンでそれは人文科学的学問の世界に
    限ったことではなくて、近代は終わりに入っているのであって、
    それは新しいことなのかもしれないが、よくわかりません。

    コンビニ化ファストフード化が国土を覆って、
    いたるところ郊外化してしまったので、
    みんなが強大なシステムに気が付いてしまった。

    この「気付き」があるかないかが近代と後期近代の違いなのだということです。

    つづく。

  • テーマを変更しました。

    Posted on 7月 14th, 2009 Yohei No comments

    暑いですね。

    アツいですね。

    WordpressのテーマをMacらしい“i3Theme”から
    レインボーが鮮やかでシンプルな“beauty”に変更しました。

    より、画像重視のサイトにしていきたいと思います。

    プラグインもいろいろインストールしようと思うのですが、
    数がとにかく多くてどれにしようか迷ってしまいます。
    ブログパーツあるいはウィジェットも充実していますね。

    さて。最近のトレーニング記録。

    4日前。マシントレーニング。
    3日前。Swim。1500m。
    2日前。やすみ。
    1日前。やすみ。
    本日。早朝ラン。上野恩賜公園で折り返し。1時間くらい。

    ペースを保ちつつ、頻度を上げていこうと思います。

  • 習慣をつくる❸

    Posted on 7月 8th, 2009 Yohei No comments

    習慣をつくるには、目標があるとやる気が出ていいですね。

    2009東京都トライアスロン渡良瀬大会に申し込んでみました。

    昨日は、自宅から荒川沿いまで走りました(6-7km)。
    今日は、プールで泳ぎました(1150m)。

    レースに向けて、練習を継続していこうとおもいます。