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日本の難点❶
Posted on 7月 14th, 2009 No commentsいまさらですが、ヱヴァンゲリヲン破は良かったです。
実は公開初日に見に行って、感想はネタばれになると
思って書くのを控えていたわけです。すでにさまざまなブログで詳細な分析などがされていて、
読んでみてなるほどなあと思いました。
評論家の東浩紀さんは、新キャラのマリ(名前はちょっと古風)をゼロ年代的
西尾維新的と評価していますが、たしかにそうだったと思います。表現しにくいですが、効果音でいうとこれまでのキャラの
「ウワアアアアアアァァァ!!!」よりは「ウオオォゥゥウオオォゥゥ!!!」とか
「アハァ?」なのかなーという印象を持ちました。ちょっとわかりにくいですね。
ショックとか衝撃を「真に受ける」というよりは、
「真に受ける」とまずいことを知っていて、あえて楽しむというような。役割的にもメタっぽい立場にいるようです。
シンジ・レイ・アスカのような危なっかしさというか
1990年代的世紀末的な感じとは好対照でした。先日、宮台真司さんの「日本の難点 (幻冬舎新書)
」を読みました。
大学受験の小論文対策とかにつかう「日本の論点 (2009) (文春ムック)
」
とかいうものがありますが、それを一人で書きましたというものです。現代社会学者としての日本における立場を揺るがないものとしてしまった
宮台氏がそれをやろうというのだから、面白くないはずはない。
しかも幻冬舎新書。僕は一度、初台のICCで宮台真司さんたち論者が
討論するイベントに参加したことがあって、
そこで宮台さんをみたのだけれど、
ものすごく早口で饒舌な方だったのを覚えています。この本は、コミュニケーション論・メディア論・若者論・教育論・
幸福論・米国論・日本論という順に章が建てられていて、
わりとオーソドックスな話と、○○論といったらこの人
というような教養的な内容が一部あり、
残りの部分を宮台氏個人の傾倒というか好みによって構成されています。社会を論じるにとどまらず、どのように社会を変えるかという
「社会設計=ソーシャルデザイン」についても考えている
(それ自体社会を論じることに含めることもできるが)のが
本書の特徴だと思います。オバマ大統領やチェ・ゲバラを例に挙げ、本当に「スゴイ奴」は
理屈とかではなくて、「感染的模倣=ミメーシス」によって
世の中を変えてしまうという話が一番のハイライトです。ミメーシスはギリシャ語で、この言葉をきくと僕は
松岡正剛氏のミメーシス+アナロギア=ミメロギアを思い出します。
古代ギリシャ的知性がいま求められているのかもしれません。たしかに、以前僕が東○生をしていたとき、「スゴイ奴」のもとに
「スゴイ奴」やまあまあ「スゴイ奴」が集う傾向があったような気がします。
そのような雰囲気、受け皿のようなしくみがありました。
たとえば、SCIや東大ドリームネットの知の創造的摩擦プロジェクト。
あの「自分たちにはなんでもできそうな感じ」の共有は
どうやったらできるんでしょう。いまは、ポストモダンでそれは人文科学的学問の世界に
限ったことではなくて、近代は終わりに入っているのであって、
それは新しいことなのかもしれないが、よくわかりません。コンビニ化ファストフード化が国土を覆って、
いたるところ郊外化してしまったので、
みんなが強大なシステムに気が付いてしまった。この「気付き」があるかないかが近代と後期近代の違いなのだということです。
つづく。
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