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  • 炎天下

    Posted on 7月 27th, 2009 Yohei No comments

    3年ぶりのトライアスロン大会に出場してきました。
    場所は、群馬県邑楽郡板倉町の渡良瀬遊水地。
    当日朝5時くらいに起きて、北千住まで自転車を漕いで行って、
    東武鉄道北千住駅から、自転車を電車に乗せて、春日部駅で乗り換えて、
    板倉東洋大前駅まで行き、そこから自転車で会場に行きました。


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    今回は、Doo-Upのメンバーが出場することを知っていたので、
    僕は古参として一緒に出ることにしたわけです。
    知り合いがいるとなにかと心強いものです。

    レースは、選手権が終わってからのスタート。
    すでに気温が30℃以上。水温は公表が28℃。
    ウェットスーツ着用が義務だったので、スタートを待つときすごく熱かったです。

    第1ウェーブ。10時10分スタート。
    水質は悪く、プランクトンのようなもので濁っていて、20cm先も見通せない。
    スタート直後は、隣の人や前後の人、上に乗っかってくる人で
    いつものことだけどよくわからないことになって、ちょっと水を飲む。
    375m行って帰って、また行って帰ってきて1500m泳いで、
    水にあがったのが34分くらいだったから、プール行った甲斐があったなあと。

    バイクは池の周りを4周回るコース。
    エアロバーをつけていたので、Ave. 32-33 kmくらい出ました。
    風もあまりなく走りやすかったです。
    ここまで、けっこう順調だったのに。

    最後、ランでかなりの消耗。
    暑さを言い訳にしたくないけれど、熱中症になるくらい暑かったのだもの。
    途中、給水所で水を飲んだりかけてもらったり。
    バイクのときにあまり水分をとらなかったせいか、脱水状態になりかける。
    手がピリピリしはじめて、これは初期症状だなと思う。
    5kmコースを往復して、2周目にふらふらしていると、
    自転車に乗ったマーシャルのおじさんが近づいてきて、
    「リタイアしてもいいんだよ」
    みたいに言ってきて、でもなあ、と思いつつ躊躇していると、
    向かい側を走ってきた参加者の人が塩飴をわたしてくれました。
    なんという恵み。感謝感謝。
    塩飴をなめて、ふたたび前に進んでいき、なんとかゴールできました。

    レース序盤~中盤は、自分でもまあまあ納得がいく展開だったために、
    後半はあまり思い返したくないです。3時間超えちゃったし。
    今年の大会は、ほとんど申込みが終わってしまったので、
    次に出るとしたら来年出たいなあと思っています。

    参加賞:キャラメルポップコーン、バスタオル、スイムキャップ、缶ジュースなど

  • エクリプス2009

    Posted on 7月 23rd, 2009 Yohei No comments

    Flickrより。朧気ですね。

  • これからの働きかた

    Posted on 7月 22nd, 2009 Yohei No comments

    東京は雨です。
    今日は日本で日食が見られることになってます。
    日食ガイドに太陽を直接見ないように書いてありますが、
    これじゃ日食そのものが見えないのではないか。
    見えることを期待したいです。

    数日前、『働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
    を読みました。

    著者は、病児保育・病後児保育を事業としているNPO法人フローレンス代表の
    駒崎弘樹氏。『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方
    という本も書いている。

    この本は、元ITベンチャー起業家であり、今は社会起業家の立場にある駒崎さんが、
    自ら率先して『働き方革命』を起こしていった「記録」である。

    読んでみてまず驚くのが、その文体。例えばこんな感じ。

    自分はこれまで「やれるところまでやる」という仕事の仕方だった。これは部活でたとえて言うと、「もう走れなくなるまで、走る」オラオラ体育会的練習の仕方である。しかし、今日やったのは「必要な練習メニューを書いて、それに則ってやる」というやり方であった。必要なことはできている。何の問題もない。しかしこれまで「うわー疲れた。死にそう」という感覚が、すなわちゴールだったので、ゴールについていないような気がしてくるのだ。
    (『働き方革命』、駒崎弘樹)

    「これが、新書なのか?」というくらいの軽さ。
    言い止めも多く、ほぼ解体した文体。
    一定の世代以上になれば、手に取っただけで受け付けないかもしれない。

    でも思った。
    これは、感情を一切排除して、思考プロセスのみを記した論文ではなくて、
    『働き方革命』という答えにいたるまでの苦悩や躊躇いを全部ひっくるめて
    書いた「思い」の書なのだと。
    一人称ノンフィクション小説のサクセスストーリーでなければならない理由がある。

    ああ、これは『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)
    に対する、”若者世代”からの一つの返答にちがいない。
    駒崎さんは1979年生まれ、いわゆる失われた世代(ロスジェネ)だ。

    文体をこのようにせざるを得なかったのも、学者や専門家が論じるような
    「一歩引いた姿勢」では事態を伝えにくかったからなのだろう。
    このような、いっけん非合理的なメッセージが感染的模倣(ミメーシス)を
    起こしていくのだろう(という意見自体ちょっと冷淡な気がする)。

    どうして、『働き方革命』をしなければならないか。
    それは、会社での長時間労働が、さまざまな形で家庭生活を
    成り立たせなくしているからだ、と駒崎さんは説明する。
    じっさい、いくら長時間労働したところで、知的生産率は向上しない。

    「家事は夫婦で共同してやればいいでしょ」といっても、
    夫が帰ってくるのが夜11時ではそんなわけにはいかない。

    では、どうすればいいか。
    夕方6時に帰宅するように、仕事を終わらせるのである。
    ここはやや表現が難しいのだけれど、仕事を途中で終わらせて
    「あとは任せる」のではなくて、やる仕事を決めておいて、
    それが全部終わったら、帰るのである。

    とりあえず「早く帰る」ことからはじめて、「働き方を変える」。
    これが、カエル!ジャパンプロジェクトなのである。
    そんなプロジェクトがあるなんて知らなかった。

    政府と民間主導で「ワークライフバランス」を広報・支援していることは
    僕は少し知っていた。
    でも、「ワークライフバランス」という言葉だけだと、どうしても
    「なんとなくユルそう」とか「なんかゆとりっぽい」とかいうイメージがあった。
    でもそれは「仕事」や「働くということ」に対して「大変できつい」
    という先入観を少なからずもっているからなのだと感じた。

    駒崎さんは、「早く帰る」ことでもたらされる時間の遣い方についても
    紹介されていて、家族・地域社会とのつながりを大事にすることと、
    自分のために投資すること(本を読む・ジムに通う)に取り組むべきだという。
    僕はいま学生で、「自分のために投資すること」に多くの時間を
    費やすことができるけれど、やっぱり働くようになってからも
    その時間は絶対持ちたいと思っている。

    相互の助け合いが失われた地域では、個人と社会との紐帯がとても弱い。
    それが、いわゆる孤独死の原因にもなっているらしいけれど、
    「つながり」を自分から作っていくことで社会に働きかけることができる。
    幸い、電子媒体など、「つながり」を作るための手段は充実してきた。

    「働き方革命」のコンセプト(抜粋)
    ・「仕事とプライベートを完全分離し、生活のために稼ぐことを『働く』と定義すること」から「プライベートを含めて、他者に価値を与える(傍を楽にする)こと全てを『働く』と定義すること」へ
    ・「目指せ年収1000万」ではなく「目指せありたい自分」
    ・「ロスト・ジェネレーション(失われた世代)」ではなく「ブースト・ジェネレーション(改革を加速する世代)」
    ・「終わりなき日常」ではなく「ビジョン実現に至る、日常という冒険の旅」
    ・「課題先進国 日本」ではなく「課題解決手法の輸出国 日本」
    (『働き方革命』、駒崎弘樹)

    上の引用部分で『終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)
    がでてきて、やっぱりこの人賢いなあと思う。

    たしかに、本当にスゴイ人間は「利他的」なんだと思う。
    何事も、おカネじゃないよね。

  • 100 km

    Posted on 7月 21st, 2009 Yohei No comments

    昨日の海の日に、ロードバイクで荒川のサイクリングコースを
    荒川の流れと反対方向に進み、ひたすら上流を目指し、
    戸田橋を越え、秋ヶ瀬公園を通過し、川越市に入り、
    荒川が入間川と荒川に分かれたのを確認し、
    川島町に入り、Hondaの飛行場を通過して、
    50km走ったところで折り返してきました。

    行きは、Ave. 31-2 km/hで、レースよりもちょっと遅め。
    帰りは、練習不足で足が疲れてきたのと、水分が足りなくなって
    若干脱水気味だったことがあって、Ave. 21-22 km/hと大きく減速。

    9時過ぎに出て、13時30分に到着したので、全部で4時間半かかりました。
    最初は涼しくて走りやすいと思っていたら、昼近くになると
    気温が上がり、蒸し暑くてバテそうになりました。
    それでも、途中休憩を入れずに、行って来れたのでよかったです。

    顔と首に日焼け止めを塗り、長袖のバイクウェアで出かけましたが、
    膝から下と手の甲が赤くなりました。

    うちに帰ってから、すぐに飲み物を飲んでのどを潤しました。
    のどが渇いたと思う前に水分をとることは必要ですが、
    ものすごく喉が渇いていて、やっとのことで飲み物にありつけたときの
    悦びは格別のものがあります。
    僕は炎天下でトレーニングした後には、なぜかサイダー系の
    飲み物が飲みたくなります。

    荒川のサイクリングロードを走って感じたことは、
    自転車人口(とくにロードバイク)が3年くらい前と比べて
    かなり増えたということと、そういう自転車乗りの人たちが
    ヘルメットとサングラスとバイクジャージを身にまとっていて
    けっこう本格的だということと、中高年の割合が圧倒的に多い
    ということです。

    サイクリングが趣味・スポーツとして、欧米並みに定着してきた
    ということでしょうか。

    今週は、26日のレースに向けて、調整していきたいと思います。

  • 日本の難点❸

    Posted on 7月 20th, 2009 Yohei No comments

    大雪山系の遭難事故怖いですね。
    山登りは夏といえども油断大敵です。

    最近の練習記録です。

    水曜日 筋トレ。
    木曜日 プール(1700m)。
    金曜日 やすみ。
    土曜日 筋トレ。
    日曜日 やすみ。

    ここからつづき。

    第二章の「早期教育は本当に有効か」から「「真の早期教育」とは」まで。

    最近の親たちには、早期教育に懐疑的である人が増えているとしたあとで、
    以下のように述べている。

    でも僕の場合、「圧縮された町」京都に育ったお蔭で、役立たなかった早期教育の機会費用はさほど高くなかったか、十分に補われました。後から述べるように、社宅住まいの新住民とは別に農家や商店やヤクザなど旧住民の子たちの輪のなかで育ったからです。だからいじめられもしたわけですが。
    (『日本の難点』、宮台真司)

    均質化したコミュニティではなく、多様で雑駁な住民のあいだで
    生活することで、知ることやわかってくることがある。
    それは、社会の階層構造とか強弱関係とか敵対依存関係であって、
    生きていく上で有用なもの。
    「地アタマ」的な賢さということができる。
    そういうものに子供のときに触れてきたか、触れてこなかったかで
    ものの考え方が大きく変わってくる。
    僕自身、こどものころは工業と農業が半々くらいのところに住んでいて、
    いろんな家(歯科医師、会社員、地主、兼業農家、工場勤務などなど)
    のこどもと遊んだものだったので、言っていることがだいたいわかる。

    教育に関して、シュタイナー教育が挙げられているのが興味深い。
    ルドルフ・シュタイナーといえば人智学で、僕も数年前に興味をもった。
    宮台氏は、密教的神秘主義的なものは危険であると言っている
    (オウム真理教の本書いたくらいだし)。

    第四章「選挙で代表は選べるのか 多数決は正しいのか」は、
    ちょうど想田和弘監督の『選挙 [DVD]』を観たあとだったので、
    後援組織に依存しきった日本の選挙活動やプロモーションにかなり疑問を
    持ちつつ読んでいった。
    神話や伝説に描かれる物語には、創世譚(神が<世界>を創った)と
    英雄譚(英雄が<社会>を創った)があるとし、以下のように述べている。

    <世界>を創る存在が<世界>の外側にいる存在で、<社会>を創る存在が<社会>の外側にいる(いた)存在なのは、なぜでしょう。簡単です。人は、人間が創った<世界>や、仲間が創った<社会>を、受け入れられないのです。
    (『日本の難点』、宮台真司)

    なぜ受け入れられないのかという疑問に対して、①既得権益と
    ②恣意性の帰属可能性を挙げている。
    ②はどういうことかというと、「本当はどうとでもあり得る<世界>や
    <社会>の恣意性が、自分の横にいてもかまわないような
    ―数多の成因と等価な―存在に帰属するということ。
    だからこそ、「奪人称化」によって、①と②を考えずに済む
    多数決による決定のメカニズムが合理的である。
    「権威」や「カリスマ」は歴史上たびたび現れるけれど、
    それは「一回性」をともなう現象であって、
    人々がどんな人を「スゴイ奴」と見做すかは予期しがたい。

    このように表現されると、とてもよくわかりますね。
    「選挙」に対する考え方がかわってきます。

    その他には、オバマ大統領が誕生した背景には、アメリカの立国以来、
    稀にみる悪政を行ったブッシュ大統領がいたからだという皮肉があったり。
    安全保障は、軍事ばかり目が行きがちだけれども、軍事以外にも
    資源、食糧、技術、文化の安全保障があって、どれも重要であると言っていたり。
    アメリカに対しては、「軽武装×対米依存」から「重武装×対米中立」の姿勢を
    日本がもつべきだと書いてあったり。

    アキハバラ事件は「格差問題」が問題なんじゃないよ!
    ロスジェネ論壇はもっと勉強してから論じなよ!
    「環境問題のウソ」は今ごろ騒いでも遅いよ!
    優秀なエリートは「みんな」への「価値コミットメント」しようよ!
    というような四方八方への言いっぱなし。
    でも沈着冷静な大人な意見なのは事実。

    あとがきにもあるように、すごく噛み砕かれて読みやすくつくられた本では
    あるけれど、通読した後の眩暈は何ともしがたいものであって、
    そしてその正体は、<社会>の複雑さによる眩暈なのだと。
    宮台氏の社会システム論の応用力というか柔軟性というか、
    システムの解釈の巧みさに圧倒された。

    miyadai.comに書評などがまとめられています。