10 月 12
季節は変わり、感受性は変わる。
そんな今日この頃です。
国際的にみても、日本人による日本人論を見ても、日本人については、議論ができないとか、長いものに巻かれやすいとか、ネガティブイメージが先行しているように思いますが、日本人がもともと持っている(ように感じられる)感受性の高さについては、もっと評価されてもいいのではないかと思います。感受性を養うものとして、よく持ち出されることは、「季節の移り変わり」がもたらす、身の回りの変化。日本人はこの変化を敏感に感じ取ることができて、それを散文とか歌や俳句で表現するということを、万葉の時代からずっと、やってきたわけです。
僕も、数年前から詩を書き始めていて、書いてない期間もありますが、むかし書いた詩を読み返していたので、気恥ずかしいですが、一つだけのせてみたいと思います。
僕は光になれない。
真っすぐ進むことも
秒速30万キロで走ることもできないから。
何かとヒトと衝突を繰り返す日々。
光になれなくても
光を放つことができたらどんなにいいだろう。陽によって陰はつくられ、
闇によって光はともされる(無題、あるスケッチブックより)



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