9 月 14
今回は、室生犀星を取り上げてみます。いま僕が住んでいるところとかなり近い、田端に住んでいた詩人です。
雨の詩
雨は愛のやうなものだ
それがひもすがら降り注いでゐた
人はこの雨を悲しさうに
すこしばかりの青もの畑を
次第に濡らしてゆくのを眺めてゐた
雨はいつもありのままの姿と
あれらの寂しい降りやうを
そのまま人の心にうつしてゐた
人人の優秀なたましひ等は
悲しさうに少しつかれて
いつまでも永い間うち沈んでゐた
永い間雨をしみじみと眺めてゐた(『愛の詩集』、室生犀星)
「雨」という対象からは、「慈悲深さ」が連想されますが、
「雨」といっても、「豪雨」や「台風」や「ハリケーン」となると、話が違ってきます。
水はわたしたちが生きるのに欠かせませんが、
水が雨雲にのって、一挙にまとまって押し寄せてくると、
わたしたちはただただ無力で何もすることができません。
わたしたちはいまだに、この詩人が言うように、
「永い間雨をしみじみと眺めて」いることしかできないんですね。
気候変動=Climate Changeを体感している今日この頃です。



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