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  • Saying “YES” To This World

    Posted on 6月 27th, 2008 Yohei No comments

    作家の保坂和志さんに対する興味がものすごく高まってきている。はじめて、保坂和志さんの文章を読んだのは、数か月前のことで、銀行の待合席の棚に置いてあった、「風の旅人 vol.28 (28)」という、写真がメインの雑誌に連載されていたコラムだった。その4ページほどの2段組みの文章を読んですぐに、「この人はタダ者ではない」と直感した。保坂和志さんは、1956年生まれの、山梨県生まれ、鎌倉育ちの作家。早稲田大学政経学部に6年間在学して卒業。1956年生まれというと、ちょうどの僕の親の世代に相当する。風貌は、眉毛が濃くて、朗らかな感じがする。大の愛猫家。1990年に『プレーンソング』でデビュー。デビュー前に働いていたのは、西武百貨店のコミュニティ・カレッジ。小説を書くための時間があるという理由で就職先を選んだ、とウィキペディアには書かれている。1995年、『この人の閾』で芥川賞受賞。ちょっと読んでみたが、公式ページでは、自分書いた小説を自分で評価している。どこかで読んだのだが、保坂さんは、小説を書くとき、すごく苦労して文章を頭からひねり出すタイプの「難産型」の作家みたいだ。以下のリンクは、松岡正剛氏による書評と、ほぼ日の経験論。

    保坂和志さんは、小説に限らず、小説の書き方入門『書きあぐねている人のための小説入門』や、文学批評のようなものもやっている。小説外の活動として、最たるものは、『世界を肯定する哲学 (ちくま新書)』だろう。先日、三省堂書店で購入して、読み始めている。タイトルに<哲学>と書かれているが、保坂さんは、<哲学者>を名乗っているわけではない。しかし、コミュニティ・カレッジで働いていたときに、哲学・現代思想のワークショップを開催していたため、哲学への造詣は深い。『哲学や精神分析を専門とされている方には書けない大胆さと世界や人間を「肯定したい」という強い意志があって、私自身繰り返し読んでみても楽しいので、再読か三読に耐えるだけの魅力があると思います。』と書かれているように、「門外漢が哲学をやってみました」という雰囲気がしていて、とてもリラックスして読める。

    本書を少し読んでみると、第1章は「そもそも人間は存在しなかったのではないか」ではじまる。宇宙論と実存哲学的な論考がなされている。

    私たちは自分が生まれる前から世界がずっと存在していたことを知っているし、自分が死んだ後も世界が消滅せずに存在し続けることを知っている。しかし、「知っている」といってもそれは知的な解釈として知っているだけで、目撃することは絶対にできない。自分が存在しない世界は不可解で受け入れがたい。本心を言ってしまえば、そんなもの存在しないのと同じだ。
    「世界を肯定する哲学 17頁」傍点を太字に変更

    文体は、非常に理性的で客観的。しかし、それでいて、「自然科学礼賛」はしない。

    科学のディスクールが明快なのは、科学そのものが明快な基盤にのってしゃべるように構成されている(と同時に限界づけられている)からであって、「自然科学とは我々が現時点でもっている分析的な言葉で記述可能なものだけを対象とする思考の領域である」という意味のことを、ホーキングもハイゼンベルクもはっきりと書いている。科学の明快さは答えにならない。
    「世界を肯定する哲学 20頁」

    分析哲学・科学哲学的な、メタな議論の部分を引用した。言語化された科学的知見は「明快」で、誰にも理解可能なように設計されている、ということには僕も同意する。全面的に。

    それがこの宇宙という想像力で、
    「そもそも人間はこの宇宙に存在しなかったのではないか」
    と考えるとき、おかしな言い方だが、私は胸の中が宇宙空間になったような気がする。
    ―こんな比喩はどうでもいいけれど、宇宙というものが人間に存在することを根底から奪うという想像の稀有な源泉であり、そのときの、言葉も思考も遮断された状態こそが、自分自身の「存在」を実感する契機なのだと私は思う。
    「世界を肯定する哲学 25頁」

    僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。<死>については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年=60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。

    All Kinds Of Time – Fountains Of Wayne