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旅について
Posted on 6月 7th, 2008 No comments普通に日常生活を送っていて、旅をしたくて仕方がないときと、旅はしなくていいや、と思うときとがある。
今の僕は、どちらかというと、前者の心境に当たる。考えているコースとしては、いろいろある。近くでは、葛飾・柴又の下町めぐり。東京の郊外を見に行くツアー。房総半島をぐるり一周。熊野・那智の森に入っていろいろ思いを巡らせてみたい。金沢21世紀美術館をみたい。博多方面にはまだ行ったことがないし、北海道もいいなあ。海外もいいなあ。
人が旅をするのは到着するためでなく、旅行するためである。
byゲーテ私は旅行に出る理由を訊ねる人があると、いつもこう答えるようにしている。「私は、自分が何を避けようとするのかはよくわかるのだが、何を求めているのかはよくわからない」と。
byモンテーニュ旅行は人間を謙虚にします。世の中で人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかをつくづく悟らされるからです。
byフローベル人は旅をして、ついに我が家へ戻る。人は生きて、ついには大地へ戻る。
byイギリスの諺以上、世界傑作格言集より。
そういえば、「僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって~」で始まる歌があったなあ、と思い、しらべてみました。その曲は、くるりの”ハイウェイ”という曲でした。この歌にすごく似ている英語の歌があるのですが、思い出せなくてもどかしい。
旅立とうとしているあなたへ。
Bon Voyage!! -
「ほぼ日」10周年
Posted on 6月 7th, 2008 No commentsとうとう、10周年を迎えることができました。
1998年の6月6日から数えて、10年が経ったわけです。
いや、なにもしなくても10年は経ったのですけどね。吉本隆明さんの
「どんなことでも、
毎日10年やり続けられたら、
一丁前になれる」
ということばを、いちばん信じていたのは、
ぼくたちだったのかもしれません。
『ほぼ日10周年を迎えてのごあいさつ』「ほぼ日刊イトイ新聞」が2008年6月6日で十周年を迎えました。
Only is not lonly. +LOVE
すごいですね。
僕は、けっこう昔(といっても5-6年前)から
このサイトのことを知っていて、
月に2‐3回の頻度で見に来ていました。「ほぼ日」を知らない人に「ほぼ日」を説明するならば、
「『ほぼ日』っていうのは、メディアミックスのはしりで、1,400,000 PV/Dayのモンスターサイトの一つだよ。」
と言えばいいでしょう。
実際、「ほぼ日」のサイトで公開された記事を元に、
「言いまつがい」「オトナ語の謎。」という書籍や
「ほぼ日手帳」が出版されていたり、
ロゴ入りTシャツがネットを通して販売されていたりします。
しかしながら、「ほぼ日」愛読者からは、「いや、『ほぼ日』はそんなんじゃないよ。」
という声が聞こえてきそうです。
それでは、愛読者に親和性がある説明に言い換えるとしましょう。「『ほぼ日』っていうのは、糸井重里=ダーリンの周りに集まってきた(ワタシを含めた)いろいろな人たちが、世の中にある、へんなことやおかしなことや不思議なことについて、何でもいいから語りあうための仮想的な共同体(国、都市、または家族)のことなんじゃないかな。」
これでどうでしょう?OKかな?
僕が好きな「ほぼ日」コンテンツは、
「坊さん。57番札所24歳住職7転8起の日々。」です。仏教の世界も、IT化とかいろいろ、大変みたいです。
それにしても、こんなサイトを作ってしまった、
糸井重里という人は、いったい何者なのでしょうね。サイト運営に携わっている株式会社東京糸井重里事務所にしても
謎だらけな感じです。糸井重里という人物についてわかっていることといえば、
・群馬県前橋市出身のコピーライターでタレント
・法政大学文学部に入学して、学生運動に参加して、一年半で退学した人
・1980年ころ、「ヘンタイよい子新聞」を制作した人
・西武百貨店のキャッチコピー「おいしい生活」(1983)を考えた人
・「MOTHER」というシリーズのゲームを制作した人
・日本モノポリー協会会長
・映画「となりのトトロ」(1988)の「このへんないきものは まだ日本にいるのです。たぶん。」というコピーを考えた人
・映画「魔女の宅急便」(1989)の「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」というコピーを考えた人
・吉本隆明氏やタモリやみうらじゅんとの親交が深い人ということです。一言でまとめられません。
タレントとしての活動は、「文化・知識層」枠としての
「世界ふしぎ発見!」出演などが挙げられます。糸井氏のキャッチコピー作りの才能には、
他に並ぶ者がいないのではないでしょうか。
そもそもの、コピーライターという職業は、
ほぼ、糸井重里さんのためにあると思います。糸井重里についてもう少し語るならば、
「父性=paternalism」がキーワードになってくると思います。「今日のダーリン」という、毎日更新されるコラムのようなもので、
糸井重里さんは、日常のことをつれづれ綴っているわけですが、
いつも話題になるのは、
〇〇をやっているみたいだよ、とか、
〇〇というものが面白いよ、とか、
〇〇という人が〇〇ということを言っていたよ、とかで、
糸井さん本人が考えていたり、積極的に、
〇〇は△△でなければならない、
という主張が聞こえてくることがありません。なんというか、糸井氏が学生時代にかかわった学生運動が
明にしても、暗にしても、影響しているのだろうと想像されるわけです。要するに、「ほぼ日」という<場>をつくるだけつくって、
あとはやりたい人がやりたいように任せる、という糸井氏の姿勢に
止め処ない父性が感じられるわけです。例えるならば、100人の人が同時に背中をもたれかからせても、
糸井氏はヘッチャラな感じで立っていることでしょう。とにかく、ブレがない。
主張するところがみえにくいということもあるのでしょうが。吉本隆明氏にもそういうところがありますね。
両者に共通しているのは、気取らない、「市井の賢人」という点でしょうか。僕が「ほぼ日」を知ったのは、高校2年のころでした。
高校1年のとき、神経科学者=大脳生理学者の池谷裕二氏の
「記憶力を強くする」(講談社ブルーバックス)を読んで、
そのわかりやすい説明と、科学者としての理念に非常に感銘を受けて、
「海馬。」を知り、それが「ほぼ日刊イトイ新聞」の
連載企画からスタートしたという経緯を知って、
「ほぼ日」にたどり着きます。続編の「海馬。脳を困らせる旅に出る?」も、
知的にすごく面白いので読んでみてください。僕が大学に入り、東大駒場の全学ゼミ、「立花ゼミ」に入ると、
予想外の事実を知ることになります。それは、1次立花ゼミ(「二十歳のころ」を制作)に所属していた、
木村俊介という人物が糸井重里事務所で働いていて、
「ほぼ日」の「海馬。」を中心的に企画・運営していたということです。なんていう偶然!
まさにセレンディピティなセレナーデ(?)諺の「類は友を呼ぶ」ではありませんが、
「理解ある」人は「理解ある」人のもとへと
向かっていくのだなあと思いました。
※今回は、「ほぼ日」記法でお届けしました。さてさて、このブログは、あと何年続くのかなあ?
