6 月 30

There was a factory underground

factory underground

6 月 27

Saying “YES” To This World

作家の保坂和志さんに対する興味がものすごく高まってきている。はじめて、保坂和志さんの文章を読んだのは、数か月前のことで、銀行の待合席の棚に置いてあった、「風の旅人 vol.28 (28)」という、写真がメインの雑誌に連載されていたコラムだった。その4ページほどの2段組みの文章を読んですぐに、「この人はタダ者ではない」と直感した。保坂和志さんは、1956年生まれの、山梨県生まれ、鎌倉育ちの作家。早稲田大学政経学部に6年間在学して卒業。1956年生まれというと、ちょうどの僕の親の世代に相当する。風貌は、眉毛が濃くて、朗らかな感じがする。大の愛猫家。1990年に『プレーンソング』でデビュー。デビュー前に働いていたのは、西武百貨店のコミュニティ・カレッジ。小説を書くための時間があるという理由で就職先を選んだ、とウィキペディアには書かれている。1995年、『この人の閾』で芥川賞受賞。ちょっと読んでみたが、公式ページでは、自分書いた小説を自分で評価している。どこかで読んだのだが、保坂さんは、小説を書くとき、すごく苦労して文章を頭からひねり出すタイプの「難産型」の作家みたいだ。以下のリンクは、松岡正剛氏による書評と、ほぼ日の経験論。

保坂和志さんは、小説に限らず、小説の書き方入門『書きあぐねている人のための小説入門』や、文学批評のようなものもやっている。小説外の活動として、最たるものは、『世界を肯定する哲学 (ちくま新書)』だろう。先日、三省堂書店で購入して、読み始めている。タイトルに<哲学>と書かれているが、保坂さんは、<哲学者>を名乗っているわけではない。しかし、コミュニティ・カレッジで働いていたときに、哲学・現代思想のワークショップを開催していたため、哲学への造詣は深い。『哲学や精神分析を専門とされている方には書けない大胆さと世界や人間を「肯定したい」という強い意志があって、私自身繰り返し読んでみても楽しいので、再読か三読に耐えるだけの魅力があると思います。』と書かれているように、「門外漢が哲学をやってみました」という雰囲気がしていて、とてもリラックスして読める。

本書を少し読んでみると、第1章は「そもそも人間は存在しなかったのではないか」ではじまる。宇宙論と実存哲学的な論考がなされている。

私たちは自分が生まれる前から世界がずっと存在していたことを知っているし、自分が死んだ後も世界が消滅せずに存在し続けることを知っている。しかし、「知っている」といってもそれは知的な解釈として知っているだけで、目撃することは絶対にできない。自分が存在しない世界は不可解で受け入れがたい。本心を言ってしまえば、そんなもの存在しないのと同じだ。
「世界を肯定する哲学 17頁」傍点を太字に変更

文体は、非常に理性的で客観的。しかし、それでいて、「自然科学礼賛」はしない。

科学のディスクールが明快なのは、科学そのものが明快な基盤にのってしゃべるように構成されている(と同時に限界づけられている)からであって、「自然科学とは我々が現時点でもっている分析的な言葉で記述可能なものだけを対象とする思考の領域である」という意味のことを、ホーキングもハイゼンベルクもはっきりと書いている。科学の明快さは答えにならない。
「世界を肯定する哲学 20頁」

分析哲学・科学哲学的な、メタな議論の部分を引用した。言語化された科学的知見は「明快」で、誰にも理解可能なように設計されている、ということには僕も同意する。全面的に。

それがこの宇宙という想像力で、
「そもそも人間はこの宇宙に存在しなかったのではないか」
と考えるとき、おかしな言い方だが、私は胸の中が宇宙空間になったような気がする。
―こんな比喩はどうでもいいけれど、宇宙というものが人間に存在することを根底から奪うという想像の稀有な源泉であり、そのときの、言葉も思考も遮断された状態こそが、自分自身の「存在」を実感する契機なのだと私は思う。
「世界を肯定する哲学 25頁」

僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。<死>については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年=60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。

All Kinds Of Time - Fountains Of Wayne

6 月 24

手元にある本たち

books

近頃、読む本の種類が以前に増して、多岐にわたっている気がする。全部読み切れるわけはない、と知りつつも、買ったり借りたりしてしまう。文京区立図書館を使うようになったということが大きな要因だ。試しに読んでみて、面白かったら全部読んでみる、という大胆な読み方ができるようになるからだ。でも、新しく出た本で、どうしても読んでおこうと思ったものは買っておくことにしている。このような乱読体質になってしまったのも、自分の中で、何かが外れたか、何かが嵌ったか、いずれかの現象が起きたからなのではないかと思う。

6 月 24

YouTubeに動画を初投稿

生まれて初めて、YouTubeに動画を投稿しました。もっとも、僕が生まれるよりも前に、YouTubeは存在しませんでしたが。YouTubeは、動画投稿&共有サイトの先駆的存在で、2005年2月に誕生しました。まだ、3歳と4か月。「歴史」って、最近の事柄になると、「そうだったっけ。」と思うくらいに不思議。最近、北米では、huluという動画共有サービスが注目を浴びているとかいないとか。

投稿した動画は、新しく購入したデジタルビデオカメラで撮影した動画です。SDカードに記録するタイプの、exemodeというメーカーのDV580HDというモデルを選びました。SANYOのXactiシリーズを中古で買おうか迷っていましたが、こちらのほうが、画質が比較的良く、動画撮影の練習には向いているかな、と思い、購入しました。値段は、15980円。画素数は503万画素。

8-9万円する、SONYやcanonやPanasonicのビデオカメラと比較したら、やはり、性能に見劣りがありますが、数十分間の短い時間での撮影なら、十分使用に耐える商品です。手に持つと軽く、重量はわずか227g。静止画撮影も可能。動画は、.mov形式で記録されるので、Windowsムービーメーカーでそのまま編集できませんが、YouTubeにはそのまま投稿できます。Macなら、編集ソフトが付いているということです。フリーの動画編集ソフトとエンコーダは何がいいか、一度調べてみようと思います。

下の動画は、東京メトロ千代田線が代々木上原に到着する様子を撮影したもの。

自分で撮影したものを見て感じるのは、自分の目線と手の、位置関係と微妙な動き。定点撮影ではなく、撮影者自身が動かなければならないので、撮影者本人がもつ、独特の心理状態が反映されてくるように思います。僕は、これといって、電車マニアではありませんが、車窓の移り変わる景色は、見ていて本当に飽きません。

ビデオ撮影のテクニックを身につけたいです。

6 月 21

火星で氷の存在を確認!


Yes, there’s ice on Mars

“Ice!” screams NASA’s Phoenix lander.

火星に着陸した、NASAのPhoenix Mars Landerが、火星の地面をかじりとり、氷が存在することを見つけました。氷であるとはっきり判別できたのは、その物体が、2-3日で消失したためです。もしもそれが塩の結晶だったら、消えることはないからです。

twitterにいるMarsPhoenixのコメント。

Whoohoo! Was keeping my eye on some chunks of bright stuff & they disappeared! Sublimated! So it can’t be salt, it’s ice
05:23 PM June 19, 2008 from web

Phoenixの想像図。

phoenix

わたしたちの「宇宙時代」は、まだまだ黎明期です。<紀元>前といったほうがいいのかもしれませんが、これからいろいろな何かが始まりそうな気がしています。

6 月 19

同性愛、人肉食、死刑執行

California Gay Marriage: What It Means for You and Me Legally - gaywired.com

“As of 5:01 on Monday June 16, 2008 marriage will be available equally to all adult couples irrespective of sexual orientation,” says Pizer, who also advises policymakers in Sacramento and nationwide on laws to protect domestic partners and co-drafted AB 205, California’s comprehensive Domestic Partner Rights and Responsibilities Act of 2003.

“[Today] We will see the first marriages performed in California for gay and lesbian couples with the full backing and endorsement and official civil blessing of the state. Those marriages will be as legal and valid and important under California law as any other marriages and there’s no residency requirement,” Pizer says.

(from gaywired.com)

アメリカ合衆国カリフォルニア州で、同性結婚が合法化されました。合衆国各地から、同性愛カップルたちが、カリフォルニア州に、文字通り、駆け込んでいるそうです。ゲイは、いまや喫煙者よりも市民権を獲得したといっても過言ではないでしょう。社会的抑圧はまだまだ消えないでしょうが、彼ら彼女らは、どこか生き生きと見えます。

“Gay Genes” May Be Good for Women

ScienceNOWでは、ゲイ(男性の同性愛者)の遺伝子に関する研究が紹介されています。「ゲイは(部分的な)遺伝的素因である」ということが、20年近く前から言われているそうですが、いまだに、どの遺伝子が原因で、ゲイになるのか、ということはよくわかっていません。男性の同性愛者は、残す子孫の数が普通の男性(=ノンケ)よりも圧倒的に少なく、進化的にみて不利なはずなのに、どうして人口の中で一定の数を占めるているのでしょう。不思議ですね。この疑問(Gay Paradox)を解決する、あたらしい仮説が唱えられました。それは、「男性がゲイの遺伝子をもっていると、同性愛者になるように働く一方、女性が同じ遺伝子をもっていると、子孫をたくさん作りやすい」というものです。なるほど(!)という感じです。この研究を報告したのは、イタリアの遺伝学者。イタリア人は情熱的。イタリアはカトリックだから、同性愛は教義に背いていると考えている人が多いのでしょうか。とうてい、日本では、こういう研究をやってみようとは思いもしないでしょう。

論文は以下のリンクから見ることができます。
Sexually Antagonistic Selection in Human Male Homosexuality

宗教的社会的タブーには、かつての男色、同性愛、死、近親相姦、殺人、強姦など、肉体としての人に関する事項がたくさんあるように見えます。その一つに、人肉食=Cannibalismがあります。カニバリズムというと、まず思いつくのは、人食いハンニバルのハンニバル・レクター博士。トマス・ハリスが生み出したキャラクターです。それ以外にも、フィクションの題材として、カニバリズムがよくつかわれています。たとえば、舞城王太郎の『山ん中の獅見朋成雄』。読んだことはありませんが、大岡昇平の『野火』。江戸川乱歩の『闇に蠢く』。夢野久作の『人間腸詰』。ノンフィクションでは、辺見庸の『もの食う人びと ミンダナオ島の悲劇』。図書館で借りた『世界の名著 モンテーニュ』にも、「人食い人種について(エセー・第Ⅰ巻・第31章)」というタイトルの文章がありました。

実際に起きた事件では、1988年から1989年にかけて発生した、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。通称M事件。1985年生まれの僕自身が<幼児>のころに起きた事件なので、まったく記憶はありません。その事件の犯人であるMの死刑執行が、2008年6月17日に行われました。今回の死刑執行が、2008年6月8日の秋葉原無差別殺人事件のために早まったのではないか、という憶測があるようです。そうなのかもしれません。Mが小児愛者=pedophiliaだったのかどうかはよくわかりませんが、社会認識として「オタク犯罪者」だといわれているのは確かです。なんというか、「オタク⇔犯罪者の素質が十分にある」という観念が確立しきってしまったようです。現代日本において、オタク、アキバ、アニメ、美少女ゲー、エロゲーなどというフレーズは明らかにタブーになってしまっています。

オタクにとっては、本当、生きにくい時代です。

6 月 18

癌、このとらえがたきもの

cancer books & comics

最近、癌に対する興味が急速に高まってきた。

ひとつは、僕と親交のある、ジャーナリストの立花隆さんが、膀胱癌にかかって、今年のはじめに手術を受けて、癌との闘病歴を文藝春秋の「僕はがんを手術した」という連載で告白していること。2008年7月号では、最終回「がんという敵の正体」で、最新の科学的知見をたくさん用いて、がんとは何かを解説している。立花隆氏という人物のどこがすごいかというと、どんなことでも、自分の興味の対象にしてしまい、それをわかりやすく解説することで、氏の文章を読む人をも、それに興味をもつようにして、対象に引き込ませてしまうところ。これは、文章だけに限ったことではなく、お話をされるときも同様。「〇〇は××で、〇〇の△△というところが面白い」、というポイントを教えてくれるので、非常にわかりやすい。しかも、扱える分野が広大だ。哲学、宗教、自然科学(宇宙・地球・人間)、科学技術(電脳・サイボーグ)、政治・経済、文学、芸術・音楽、世界史・日本史…。このような人物は、後にも先にもいないのではないかと思う。稀有な人。

ひとつは、上の写真にあるとおり、平岩正樹という「スーパー外科医」の『がん難民にさせるものか 抗がん剤治療の最前線から』(実業之日本社)という本を図書館で借りて、読んだこと。読み終わって非常に感化されて、何かできないかと思い、とりあえず、ブックオフで『ブラックジャックによろしく』(モーニングKC)の【がん医療編①‐④】を購入した。そもそもなぜ、Dr.平岩のことを僕が知りえたかというと、Dr.平岩が『こうして私は53歳で、また東大生になった(海竜社)』という書物をだしたように、いま、東京大学の文科Ⅲ類にいて、3回目の東大生をやっているためだ。Dr.平岩が僕の所属するサークルの練習に顔を出すようになったということを、後輩をとおしてきき、本を読んでおこうと思ったのだった。

平岩正樹氏(公式サイト)は、静岡県の共立蒲原病院の外科部長だったとき、院内に「がんの相談室」を設置した(1995年)。さらに、2001年には、インターネットにも、「がんのWeb相談室」をつくった。当時は、医療機関においても、個人情報の開示の是非が議論され始めていた時期だ。そのころから、Dr.平岩は、癌の告知率100%を実現している。「手術が専門」と思われがちな外科医だが、Dr.平岩は、最新の情報を取り入れつつ、抗がん剤治療に積極的に力を入れている。本書を読むと、現在の日本の抗がん剤治療が、いかに不十分なものであるかが分かる。高齢化社会が到来し、医療費が財政を圧迫しつつある昨今、政府は医療費抑制のために、多くの対策を講じている。一方、なにかとマスコミが騒いでいるように、医療崩壊は確実に進行している。病院経営の観点から、赤字になっている事業=診療科を削る方針がとられている。小児科がその矛先にあるのはよく言われているが、抗がん剤治療も同様である。抗がん剤治療といっても、治療費自体はタダに等しく、支払われるお金の大部分は、製薬会社に対する薬代である。このため、抗がん剤治療を積極的に行おうとする病院は少なく、十分な抗がん剤を備えている病院は少ない。抗がん剤治療を専門とする医師の数も少ない。こうして、十分な抗がん剤治療を受けられないがん患者=がん難民が大量に発生する、と平岩氏は語る。このままでよいのか。そんなはずはない。Dr.平岩は、現行の体制に対して、(あたたかな)皮肉をこめて、痛烈に批判している。

【がん難民にならない方法】
がん難民にならない方法は、二つある。確実な方法は、進行したがんや再発がんの治療にも力を入れている病院で、最初から治療を受け始めることだ。採算を度外視して患者の治療に全力を注いでいる病院・外科医は、全国に少なくない。問題は、がんになったばかりの患者にとって、最初は医療の格差まで考える余裕がないことだ。

一度手術を受けた患者は、他の病院への転院が極端に難しくなる。その後の抗がん剤治療は無料と国が決めているからだ。それでも、途中から転院してきた患者にも質の高い抗がん剤治療を提供する病院がある。多くはない。
①パトロンがいること。
②優秀な医者がいること。
③患者に知られていないこと。
の三つの条件が必要だ。
(以上、『がん難民にさせるものか』「あとがき」より)

それにしても、がんとは一体何なのだろうか。アメリカ癌学会(ACS)の解説を多少長めに引用したい。

What Is Cancer?

Cancer occurs when cells in a part of the body begin to grow out of control. Normal cells divide and grow in an orderly fashion, but cancer cells do not. They continue to grow and crowd out normal cells. Although there are many kinds of cancer, they all have in common this out-of-control growth of cells.

Different kinds of cancer can behave very differently. For example, lung cancer and breast cancer are very different diseases. They grow at different rates and respond to different treatments. That’s why people with cancer need treatment that is aimed at their kind of cancer.

Sometimes cancer cells break away from a tumor and spread to other parts of the body through the blood or lymph system. They can settle in new places and form new tumors. When this happens, it is called metastasis (meh-tas-tuh-sis). Cancer that has spread in this way is called metastatic cancer.

Even when cancer has spread to a new place in the body, it is still named after the part of the body where it started. For example, if prostate cancer spreads to the bones, it is still called prostate cancer. If breast cancer spreads to the lungs, it is still breast cancer. When cancer comes back in a person who appeared to be free of the disease after treatment, it is called a recurrence.

(from American Cancer Society’s website)

医者の世界では当たり前というが、「癌」という名前の病気は無い。存在するのは、200種類もの「〇〇がん」で、性質や治療法がまったく異なる。これらをまとめて、癌(cancer)あるいは悪性腫瘍(malignant neoplasm)とよんでいるのである。

がんという問題は、その発症要因にしても、治療法にしても、いろいろな事象が絡み合って生じている、きわめて複雑な問題である。僕たちは、親戚の誰それががんになった、とか、有名人の某ががんと闘病している、とか、「がん」を個別の話題として、感傷的に語ることが多い。しかし、ヒトが長生きをするようになって、がんになるヒトが増えたという事実が示しているように、「がん」は、現代の僕たちの生活と、切っても切れない縁にあることは確実だ。もっと普遍的な事柄として、癌を観て、がん患者を診る/看ることが大事だと思う。それとともに、日本の医療体制がもっとフレキシブルになることを願う。

6 月 18

太陽系外惑星を3つまとめて発見!


Three-of-a-kind planets found

Survey for ’super-Earths’ finds worlds like ours may be common.

nature newsより。地球から42光年離れた、HD 40307という、太陽に似た恒星の軌道をまわっている、惑星が3つ見つかりました。その3つは、地球の質量のちょうど4倍から9倍の質量をもっていて、3つのうちのあるものは、恒星を1周するのにわずか4日しかかかりません。つまり、これらの惑星は、僕たちの想像が及ばないくらいのスピードで、公転を続けているのです。

このような惑星は、”super-Earth”(超‐地球)?とよばれていて、天文学者たちには、なじみのある惑星なのだそう。”super-Earth”に生き物がいるとしたら、どういう形態と生態を有しているのでしょう。地球上の生物と比べて、まったく異なっているのでしょうか、それとも、案外、似ているのでしょうか。

太陽系外惑星に関しては、このブログで「太陽系外惑星を発見!」という話題をとりあげています。今後もフォローしていきたい、一大トピックです。

直接の関係はありませんが、Extra Planet、あるいはExtrasolar Planetと、英語の形容詞の”explanatory”が、何となく似た語感をもっているような気がしました。explanatoryは、「説明のための、注釈的な、解説の、説明的な」という意味をもっている言葉で、”explanatory note”は、「注釈、凡例」を意味します。僕という個人が、日常を過ごしながら、「自分自身に注釈をつける」という感覚に、けっこう、あっているなあと思ったりしました。ちなみに、”self-explanatory”は、「見ればすぐわかる、一目瞭然の、読んで字の通りの」という意味。人と人とのコミュニケーションにおいても、”self-explanatory”の要素があればいいのになあ。

6 月 17

a cat modified

cat modified 2

上野公園にいた猫をモデルにした絵。ペイントにより、5-6分で誕生=re;birth。

6 月 17

六義園

先週の土曜日、駒込駅近くの特別名勝・六義園に行って、アジサイと庭園の写真を撮影してきました。アジサイは、漢字で書くと紫陽花で、学名は「水の容器」を意味するHydrangeaです。日本原産のガクアジサイ(Hydrangea macrophylla)が改良された品種が、一般的な、球状のセイヨウアジサイです。アジサイの名前は、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものと言われています。アジサイの花言葉は、強い愛情、移り気な心、一家団欒、家族的な結びつき。
board
六義園に咲いている4種類のアジサイ。
hydrangea 1hydrangea 2hydrangea 3hydrangea 4hydrangea 5hydrangea 6hydrangea 7アジサイは、発色がよく、葉っぱとのコントラストが大きいので、キレイに映ります。アントシアニンという色素が花に含まれているので、このような発色をしています。
garden 1
garden 2garden 3
六義園は、元禄時代にできた庭園の代表だそうで、木々が立派に配置されていて、池が大きく、富士見のための丘があり、とても広いです。

場所は変わって。上野恩賜公園。
cat 1cat 2ネコに近づいて撮影しました。
Hideyo Noguchi
ブレた野口英世の銅像。国立科学博物館そば。
doraemon
ド〇〇〇ん。
boat course
ボート場。奥には、蓮の葉が茂った不忍池があります。
UENO
上野が東京の玄関口といわれていたころもありました。