今回は、神経倫理=Neuroethicsの話。イリノイ大学の行動経済学者のMing Hsuたちが行った研究がSCIENCE EXPRESSに掲載されています。「重大な決断をせまられたときに、人はどのような選択を取るのか」というテーマに基づいて、fMRIで脳の活動記録をモニタし、解析するという手法をとっています。学問的にいうと、社会的意思決定(Social Decision-Making)の範囲に入ります。
さて、Hsu氏たちが行った実験ですが、こんな具合です。26名のVolunteerに、ウガンダの実在する児童養護施設のこどもたちに食べ物を寄付することになった旨を説明する。60人のこどもたち一人一人に24回分の食事を寄付したい。ところが、寄付する予定だった数回分の食事がどこかへ行ってしまった。なので、あなた=Volunteerにその配分を決めていただきたい。決め方は、次の二通りです。
1)一人の子供Aにだけ、X回分の食事を食べさせない。
2)二人の子供(BとC)に、Y回分の食事を食べさせない。
たとえば、1)では一人の子供が15回食べられず、2)では二人の子供がそれぞれ8回ずつ食べられないという選択を設定します。少し考えればわかりますが、この場合、2)の選択の方が、より「良い」選択であるといえます。実際、ほとんどすべてのVolunteerがこちらを選択しました。ところが、二人の子供が食べられない食事の回数が多くなると興味深いことが起きました。
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ここから再開↓
一人の子供が15回食べられないか、それとも、二人の子供がそれぞれ9回ずつ食べられないか。このような選択肢が提示されたとき、Volunteerたちは、方針を変える傾向がありました。つまり、一人の子供が15回食べられなくなる方を選びました。このことから、次のことが示唆されます。わたしたちは、重大な決断を迫られたとき、不公平を起こさないように配慮するが、それは一定の範囲までである。より大きな善を最大化すること(maximizing the greater good)もまた、ときどき競合することがあるが、決断において重要な要素である。ちょっと訳が変ですね。
話は続きます。ここからが、21世紀の行動経済学!
Hsu氏たちは、意思決定における上の二つの要素が、脳のどの部位にエンコード(encode)されているのかをfMRIで調べました。”encode”という表現は、それほど難しく考える必要はなく、単に相関をみていると理解していいでしょう。この実験では、そこまでしか言えません。結果は以下のようになりました。不公平な食事配分をしなくてはならなかったときほど、Volunteerの脳の島(insula)という箇所が活発に活動しました。また、被核(putamen)と呼ばれる脳部位は、全員に配分される食事の割合が上昇するのに伴い、活動が活発になりました。したがって、島は不公平な感情を、被核は公共の利益をエンコードしていると考えられます。意思決定には、自己の中での葛藤がつきものです。その葛藤が、島と被核という、二つの脳部位で生じているのかもしれません。ちょっと僕自身の解釈が入りました。
最後に心がほんわかするエピソード。Hsu氏たちは、Volunteerから集められた2279㌦(食事代の合計に相当)を実際の施設に寄付しました。素晴らしいですね。Volunteerの方々の厚意を大切にして、しかも、ウガンダの子供たち60人にも食べ物が与えられる。実験を計画した人たちの、「研究者としての」というよりは、「先進国にすむ者としての」<倫理観>を垣間見ることができます。
あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく善を行いなさい。(マザーテレサ)




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