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愛の光が見える
Posted on 5月 3rd, 2008 No comments投稿タイトルだけみると、スピリチュアリティー全開モードなわけですが、今回は、サイエンスの話です。リンクは科学雑誌の最高峰のひとつ、SCIENCEのウェブサイトのニュースで見つけた記事です。Current Biologyで発表された論文によると、Jumping spiders (Phintella vittata)というクモの一種は、交尾をするとき(mating)に、UVB(Ultra-Violet B)の信号をオスがメスに送って、メスがそれを感じ取っているそうです。ちなみにUVBというのは、紫外線の分類のうちのひとつで、ヒトが見ることのできる可視光よりも波長が低いので、眼で見ることはできません。Wikipediaによると、波長域が315-280 nmの光をUVBというのだそうです。UVBはみることができないばかりか、私たちにとって、むしろ有害です。皮膚がんの原因になったり、眼にダメージを与えます。
動物のなかには、UVAを視ることができるものがいることはこれまでに知られていたのですが、UVBに関しては今回が初めてなのだそうです。Jumping spidersがこのように、UVBをつかってコミュニケーションするのは、捕食者など他の動物に知られないようにするためという説が有力らしいです。つまり、「わたしたちだけの秘密の恋の連絡網」ということ。愛の言葉はたくさん考えついたとしても、愛の光で示されたら、たまったものではないですね。光は伝達速度において音に優に勝るわけですし。
Googleで検索したら、こんなピッタリな格言が出てきました。ドイツの詩人・劇作家、フリードリヒ・フォン・シラーによるものです。
愛の光なき人生は無意味である。
Wikiquoteにその英文が載っていました。愛の光=the radiance of loveという訳みたいです。
What is life without the radiance of love?
Part II – Wallensteins Tod, Wallenstein (1798)
生き物がもっている潜在能力は、本当に量り知れませんね!!
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“海外離れ”分析に反応冷ややか
Posted on 5月 3rd, 2008 No comments若者の海外ばなれ:-)
おもしろい記事を見つけたので紹介します。日本旅行業協会委員長でJTBの社長が、若者の海外離れについて、こうコメントしたみたいです。
「パソコン一つで世界中の情報が楽しめる。『頭の中の旅』が新鮮さを奪った」
たしかに、(ネットワークに接続された)パソコンを通して、世界中のあらゆる情報が楽しめるというのは事実。しかし、それを『頭の中の旅』というのはどういうことだろう。インターネットから得られるものはあくまで、ディスプレイとスピーカーをとおした視聴覚的な情報とテキストくらいだ。たとえ料理の写真が掲載されていたとしても、その味を楽しむことはできないわけで。その段階までVR(仮想現実)技術が進歩してからのことだと思う。
頭の中の旅?
『頭の中の旅』というと、所謂”トリップ”を連想させる。”トリップ”は、クスリによってえられる幻覚体験だ。ヨガや密教の修行を積めば、瞑想からも体験できるといわれているが。そのあたりは、関連書籍を参照されたい。とにかく、「パソコン」によって得られる体験は、それほどの強度(現象学的な意味で)をもっていない。したがって、旅行によってえられる体験は、「パソコン」体験に代替することができない。
海外に行きたーい;-)
話は変わって。たしかに海外旅行というものに対する魅力というものは徐々に変化していると思う。海外といっても多種多様な国が世界にはある。南北アメリカ、アジア・ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、中東、北極圏と南極圏。かなり行きたいところと、行ってみてもいいかなというところと、興味はあるけれど行くのはちょっと…というところと、戦火が激しいところと、犯罪が多いところと、暴動と抑圧がハンパないところと、貧困と感染症が絶えないところと、宗教的対立が凄まじいところと、たくさんある。21世紀になったことだし、宇宙旅行もしてみたい。行きたいところはたくさんある。行動範囲は、はてしなく広い。
ニッポンってどうなんだろう
一方、僕たちの生活圏であるニッポンは、普通すぎるくらい普通だ。街を歩いていて、外国から来た人に会うことはあっても、残り大半は日本語を話す人々と日本人に見える人達。グローバル経済とか、<地球>温暖化とかってなに?っていう感じだ。セカイ遺産ならあるんだけれども。それに、セカイ系ならいっぱい知ってるよ。東京にいて、たまに関西弁とか名古屋弁とか博多弁を聞く機会があると、「へぇ、すごい、こんな言葉を話す人が世の中にはいるんだ!」ってびっくりしたりする。海外セレブやファッション業界が、原宿・渋谷の”kawaii”スタイルを口々に絶賛している昨今だ。
多様性をめぐって
世界はありすぎて困るくらいの多様性(diversity)であふれている。それなのに、僕たち日本人は、同じ自分たちをわざわざ区別したいみたいだ。勝ち組・負け組からはじまって、イケメン、フリーター、おたく、ニート、ひきこもり、ホームレス、腐女子にツンデレ……。もう、うんざりするよ?元凶は、なんなのだろう。某女性週刊誌なのか、大衆心理なのか、はたまた情報社会なのか。冗談ではなく、日本人のDNAという可能性もあると思う。今の状況がどうにかならないかなあ。
若者の声
というわけで、冒頭でふれたITmediaの記事からの引用。ネット上に噴出した若者の声。
「年収200万円以下が1500万人じゃ無理もない。ラブホテルさえ行けない」「(海外へ行かないのは)経験の有無じゃない。テレビやネットで見られるからでもない。もう、憧れがないからだ」「『若者の〇〇離れ』というが、クルマ、プロ野球、テレビ、理系、パチンコ、CD(レコード)、結婚などすべて、30年前の価値観だ」
名もなき若者たちの声。どことなく作られた感がするが気にしないでおく。そもそもネットにあったコメントがほんとうに若者の口=キーボードを打つ指先から発せられたかどうかは定かではない。3番目の意見には同意。「若者の〇〇離れ」といっても、「若者」は時代とともに変遷するわけで。「お金があったら旅行しますか?」と問われれば、「はい。」と返事をするのだろうが、「お金があったら何しますか?」と問われれば、おそらく僕は「iMacとかVAIOとかタブレットPCを買います。」と間髪なく答えるのだと思う。

