<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
		>
<channel>
	<title>引用メモ3など へのコメント</title>
	<atom:link href="http://extra-pla.net/wp/2008/04/11/miki/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://extra-pla.net/wp/2008/04/11/miki/</link>
	<description>Inside and Outside. Light and Shadow. Seen and Unseen. Fiction and Fantasy. You and I...</description>
	<lastBuildDate>Mon, 21 Jun 2010 14:27:44 +0900</lastBuildDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.8.6</generator>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
		<item>
		<title>立ち返ってくるところ より</title>
		<link>http://extra-pla.net/wp/2008/04/11/miki/comment-page-1/#comment-450</link>
		<dc:creator>立ち返ってくるところ</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2009 14:36:51 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://extra-pla.net/wp/?p=38#comment-450</guid>
		<description>[...] 何かを考えたり、思い悩んだりするとき、何回も立ち返ってこられるところがあると楽である。僕の場合、その役割を果たしてくれているのは、『ゲーテ格言集』であり、『人生論ノート (新潮文庫) 』である。『人生論ノート』の三木清は前に引用したことがある。三木清は、ハイデッガーに師事したことのある哲学者・社会評論家・文学者で、『善の研究』の西田幾多郎とも関わりが深い。『人生論ノート』は、死について／幸福について／懐疑について／人間の条件について／孤独について／等々の短い章ごとに分かれて書かれたメモのようなもので（アフォリズムという）、いつでも気軽に読み返すことができる。三木清はおそらくものすごい量と質の文献を読んでいるのに違いないが、『人生論ノート』に書かれた言葉の数々は驚くくらいシンプルだ。三木清の言葉を支えているのは、彼自身の直観なのだと思う。これは、生まれもった才能といっていいくらいだ。 [...]</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>[...] 何かを考えたり、思い悩んだりするとき、何回も立ち返ってこられるところがあると楽である。僕の場合、その役割を果たしてくれているのは、『ゲーテ格言集』であり、『人生論ノート (新潮文庫) 』である。『人生論ノート』の三木清は前に引用したことがある。三木清は、ハイデッガーに師事したことのある哲学者・社会評論家・文学者で、『善の研究』の西田幾多郎とも関わりが深い。『人生論ノート』は、死について／幸福について／懐疑について／人間の条件について／孤独について／等々の短い章ごとに分かれて書かれたメモのようなもので（アフォリズムという）、いつでも気軽に読み返すことができる。三木清はおそらくものすごい量と質の文献を読んでいるのに違いないが、『人生論ノート』に書かれた言葉の数々は驚くくらいシンプルだ。三木清の言葉を支えているのは、彼自身の直観なのだと思う。これは、生まれもった才能といっていいくらいだ。 [...]</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>To Saying &#8220;YES&#8221; To This World より</title>
		<link>http://extra-pla.net/wp/2008/04/11/miki/comment-page-1/#comment-30</link>
		<dc:creator>To Saying &#8220;YES&#8221; To This World</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Jun 2008 21:38:59 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://extra-pla.net/wp/?p=38#comment-30</guid>
		<description>[...] 僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。＜死＞については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年＝60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。 [...]</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>[...] 僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。＜死＞については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年＝60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。 [...]</p>
]]></content:encoded>
	</item>
</channel>
</rss>
