A LESSON OF ANATOMY Last Lecture
4 月 11

引用メモ3など

生命とは何か。情報とは何か。自己複製系とは何か。自己とは何か。宇宙に生命が誕生する確率はどれくらいか。地球の外に生命は存在するのか。物質は進化するのか。言葉とは何か。何か。何か。何か。何?

問いが壮大すぎて眠れなくなる。それでも、「いま、ここ(here and now)」の感覚はたしかにある。

死は觀念である、と私は書いた。これに對して生は何であるか。生とは想像である、と私はいはうと思ふ。いかに生の現實性を主張する者も、飜つてこれを死と比較するとき、生がいかに想像的なものであるかを理解するであらう。想像的なものは非現實的であるのでなく、却つて現實的なものは想像的なものであるのである。現實は私のいふ構想力(想像力)の論理に從つてゐる。人生は夢であるといふことを誰が感じなかつたであらうか。それは單なる比喩ではない、それは實感である。この實感の根據が明かにされねばならぬ、言ひ換へると、夢或ひは空想的なものの現實性が示されなければならない。その證明を與へるものは構想力の形成作用である。生が想像的なものであるといふ意味において幸福も想像的なものであるといふことができる。(「人生論ノート」から)

参照元:青空文庫・三木清

One Response to “引用メモ3など”

  1. To Saying “YES” To This World Says:

    [...] 僕は近頃、「自分自身の死」を考えるようになった。僕は、死の恐怖はあまり感じない。それは、「まだ当分の間生きていけるだろう」という安心からではなくて、「自分が死ぬときは、死ぬんだろうな」、または「一つの、そして一回限りのイベントがあるんだろうな」という理解からくるものだ。<死>については、三木清の引用文がとても役に立つ。家系的に、50歳までに夭逝してしまいそうな雰囲気がしている。目標は、2045年=60歳の誕生日を迎えることなんだけれど、どうなんだろう。 [...]

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