Twitterはリアルタイムで情報があっという間に拡散するメディアです。情報の発信者がどこのだれであっても、そのTweetに緊急性と重大さがあれば、瞬く間にRetweetされ、たくさんの人にメッセージが伝わります。

Twitterは便利なツールです。僕自身も、2009年夏から2010年前半にかけては、かなり頻繁にTweetをし、多くの人をFollowしました。1年あたり2000 Tweetsはしたであろう年もありました。ですが、ここ1年くらいは、Twitterをあまりアクティブには使っていません。転機はやはり、2011年東日本大震災後の混乱です。その前年には、WikiLeaksや、小沢氏裁判、検察の不祥事などの問題がありましたが、より一般の人々の生活・生命にかかわる問題としての原発・放射能問題は、これまでのように大手メディアの報道を鵜呑みにしていてよいのかという疑問をより多くの人に持たせる結果になったのだと思います。事実=Factが形成されていくプロセスを、社会全体で改めて論じあわなければいけない段階にいるのだと思います。
フリーのジャーナリストの活躍にも期待したいです。岩上安身(@iwakamiyasumi)さんや上杉隆(@uesugitakashi)さんの活動は、僕は震災前から知っていましたが、震災という出来事が合って以来、ますます広く認知され、私たちが必要な情報を提供してくれているように思います。言論者としては、孫崎享(@magosaki_ukeru)さんを信頼しています。
原発事故関連、あるいは地震予知関連の情報で、震災直後にデマとして発信されたものが、のちになって真実だったということも多くありました。たとえばプルトニウム。SPEEDI。2011年3月21日前後に降った異様な雨=黒い雨。僕がFollowしている“論者”には、東海アマ管理人(@tokaiama)さんやはなゆー(@hanayuu)さんやマッドマン(@madmanjapman)さんがいます。デマだと批判する人はいますが、僕は読む価値があると思ってFollowしています。「類は友を呼ぶ」とは言いますが、自分が知りたい情報を集めていると、自分が賛同・共感する発信者からの情報だけに偏ってしまうということはもちろんあるとおもいます。情報の取捨選択がより求められています。
ということがあり、実際、Twitterを使って、何を伝えればいいのだろうかという自問自答になりました。普通な観点からみれば、極端なコメントやRetweetもしていたので、Followerも減ったりしました。あたらしくアカウントをとって、関係性からやり直すということも考えましたが、更新が滞っています。
当初は、Twitterをすることは、ミニブログ的な面白さがありました。どこに行って何をしたとか、何を食べたとか、どうでもいいような気軽なことを書く楽しさがありました。そんな状況から、Twitterのメディアとしての情報伝播の容易さという面から、今度こういうイベントがあるという告知や、こういうものを募集しているという文面が出てくるようになりました。その状況を経て、Twitter自身も方針を変えていて、コメント上部の質問文をWhat are you doing?からWhat’s happening?に変更しています。
震災以降は、文面は短いながらも、いわゆる重い内容が僕のTwitterのTimelineを占めるようになり、読んでいて疲れる思いがしています。TwitterでFollow可能なアカウントの数も、そのアカウントにどれだけFollowerがいるのかで決まっていて、2000アカウントまでしかFollowできないのが、ネックだと感じています。FollowerがたくさんいるアカウントがみているTimelineをみればその制限は解決されますが、それも何か違うのかなと。たくさんの人が自由に何か言っているのはわかりますが、それが言いたい放題のままになっているのがTwitterの現状であり問題点なのだと思います。